野外活動

史跡足利学校:地元足利から御紹介「歴史と伝説の散歩道」

足利学校:北庭園の写真です。

栃木県足利市には、「足利学校」をはじめ、「鑁阿寺」と
「あしかがフラワーパーク」が、日本一の足利三名所として、
親しまれています。

この内の足利学校は、日本最古の総合大学です。

足利学校は平成27年(2015)4月24日、
水戸市(茨城県)、備前市(岡山県)、日田市(大分県)
とともに「近世日本の教育遺産群 -学ぶ心・礼節の本源 -」として
日本遺産(JAPAN HERITAGE)に認定されました。

また、足利市の中央を流れる「渡良瀬川」流域の市町村には、
数多くの名所旧跡があります。

名所旧跡というと、少し堅苦しい感じがしますが、
最近の「刀剣ファン」や、『鬼滅の刃』のお陰で、
若者にも興味深い存在になってきたようです。

地元、足利から「史跡 足利学校」を御案内いたします。

この記事の目次

【足利学校:基本情報】

足利学校全景写真です。
名称 史跡足利学校
所在地 〒326-0813
足利市昌平町2338番地
問合わせ
電話
Fax
史跡足利学校事務所
電話:0284-41-2655
Fax:0284-41-2082
営業時間 4月~9月:午前9時~午後4時30分
10月~3月:午後9時~午後4時
(受付は、終了時間の30分前まで)
休館日 原則第3水曜日
参観料金 一 般:420円(団体350円)
高校生:220円(〃 170円)
* 団体:20名以上
* 中学生以下:無料
* 障がい者:障害者手帳提示で本人と
付添1名無料
* Suica(スイカ)
Pasmo(パスモ)の利用可
アクセス 東北自動車道佐野藤岡IC:15分
北関東自動車道足利IC:15分
北関東自動車道太田桐生IC:20分
北関東自動車道佐野田沼IC:20分
駐車場
(無料)
史跡足利学校多目的駐車場:乗用車8台
太平記館観光駐車場:乗用車40台 バス10台
たかうじ君広場駐車場:乗用車35台
(内:軽自動車11台)
足利学校公式HP https://www.city.ashikaga.tochigi.jp

<足利学校周辺地図>

<史跡 足利学校案内アプリ配信!!>

足利学校の観光案内板の写真です。足利学校の観光案内板

まず最初に、公式アプリを御案内いたします。

< SHISEKI ASHIKAGA GAKKO STARS TO DELIVER
A GUIDE APPLICATION >

お持ちのスマホが、足利学校を案内します。
(日本語、英語、中国語、韓国語)

<ダウンロード方法 HOW TO USE

「スマホ オーディオツアー」’多言語音声案内ガイド)は、
お持ちのスマホに、史跡足利学校のアプリをダウンロード
していただき、足利学校を御案内するアプリ
(4ヶ国音声ガイド)です。

Sumaho audio tour is an audio guide app of
Ashikaga Gakko There are four languages
versions. You can download and utilize the
app on your smartphone.

Android 版 ダウンロード

1.Google Playで「足利学校」を検索。
2.アプリ詳細説明画面で「インストール」
ボタンを押してください。

iPhone 版 ダウンロード

1.App Store で「足利学校」を検索。
2.アプリ詳細説明画面で「インストール」
ボタンを押してください。

● アプリは無料ですが、ダウンロード時のみ通信料が発生します。
通信料はご自身の負担になりますのでご了承ください。
● 通信の際の接続トラブルにつきましては、責任を負いかねます。

* 以上、足利学校パンフレットより引用しました。

<足利学校:駐車場>

<史跡足利学校:多目的駐車場>

足利学校:多目的駐車場の写真です。足利学校:多目的駐車場

足利学校の入口(入徳門)東にあります。

<太平記館観光駐車場>

太平記館 観光駐車場の写真です。太平記館 観光駐車場

足利学校の東、国道293号線沿いにあります。

<たかうじ君広場駐車場>

「たかうじ君広場」駐車場の看板の写真です。たかうじ君広場駐車場

鑁阿寺大門通りの近く、中央通り側にあります。

<足利学校:入り口>

「足利学校」入り口の写真です。「足利学校」入り口(学校様通り)

(JR足利駅から:457m、徒歩7分
東武足利市駅から:890m、徒歩13分)

「中央通り」から「学校様通り」に入ると、
孔子像と史跡足利学校の碑が立っています。

そして、右手側に「足利まちなか遊学館」があります。

「足利まちなか遊学館」の写真です。足利まちなか遊学館

足利まちなか遊学館の詳細は、
足利観光スポット!は「足利まちなか遊学館」からスタートしよう!

<足利学校:入徳門>

足利学校「入徳門」前の写真です。足利学校「入徳門」前

足利学校に入る最初の門です。

足利学校「乳徳門」の写真です。足利学校「入徳門」

「学校様通り」の突き当たりに、入徳門があります。

地元では、足利学校を「学校様」と呼んでいました。

足利学校「入徳門」の説明版の写真です。足利学校「入徳門」の説明

寛文8年(1668)徳川幕府第4代将軍「家綱」
の時につくられますが、天保2年(1831)鑁阿寺
(ばんなじ)安養院(あんよういん)の火災により
焼失、同11年(1840)頃修築。

その後、明治の末頃に移転修築したと
伝えられています。

扁額(へんがく)「入徳」は、紀伊徳川家第11代
藩主大納言「徳川斎順」(とくがわなりゆき)
(1801~1846)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

足利学校:歴史・あゆみ(書籍返還)の詳細は
渡良瀬橋ブログ「資料集」自然いっぱいコーナー!
7 【足利学校】・<足利学校のあゆみ>
を御覧ください。

<足利学校:管理事務所>

足利学校の入場券売り場の写真です。参観券売り場

入徳門を入り、参道を進むと、右手側に
管理事務所があります。

受付で、参観料金を支払います。

【足利学校:校内参観】

<足利学校:入校ゲート>

足利学校 参観入り口ゲートの写真です。参観入り口ゲート(リニューアル前のゲート)

今ではなつかしい入校ゲートとなりました。

参観案内の看板の写真です。参観案内の看板

大型連休中や、予約等によって、ガイドさんが
学校内の説明をしてくれる制度があります。

足利観光協会に問い合わせたところ、
このボランティアガイドさんは、

<例>:令和3年の場合

4月29日(木)~5月9日(日)までは毎日、
5月15日(土)と、16日(日)が案内日でした。

平日は、10名以上の団体で、
10日前までの申し込みが必要です。

 お問い合わせ:足利観光協会
    電 話:0284-43-3000

<足利学校入校:心のゲート>

足利学校稲荷社と足利学校への入口ゲートの写真です。足利学校稲荷社と足利学校への入口ゲート

2022年10月1日より、学校門の手前にある
「正一位霊験稲荷社(足利学校稲荷社)」は、
無料で参拝できることがわかりやすくなりました。

足利学校と稲荷社の入口の写真です。足利学校と稲荷社の入口(スペースの区分)

ゲートの左側を進むと、孔子像隣の稲荷社に着きます。

足利学校内を参観される方は、ゲートを右に進み、
受付で参観チケットを購入します。

足利学校「学生証」の写真です。足利学校:学生証(ロゴ:日本遺産と学校門)

参観受付で参観料を支払うと、「学生証」と
「入学証」がいただけます。

足利学校「入学証」の写真です。足利学校「入学証」

入学証の裏は、入学記念スタンプが押せる余白があります。

(筆者は、未だ卒業できず、留年中です・・・。)

学生証は、シールになっていますので、
しっかり胸に付けて入学しましょう。
(シールの返却は不要です)

<足利学校:ビデオシアター>

ビデオ鑑賞室の写真です。ビデオ鑑賞室

管理事務所内に、ビデオシアターと
トイレがあります。

足利学校の歴史について、ビデオ鑑賞をとおし、
理解を深めることができます。

放映時間は、14分です。

ビデオを御覧になってから、参観することを
おすすめします。

<足利学校:入学記念スタンプ>

足利学校参観記念スタンプの写真です。足利学校入学記念スタンプ

足利学校の入学記念スタンプです。

入学証の裏面に、スタンプを押す余白があります。

初めてお越しになった方は、
見過ごしてしまうかも知れませんので、
御案内しますね。

参観記念スタンプは、
参観券売り場のカウンターではなく、
ビデオ観賞室の入り口の左カウンターにあります。

足利学校:三門のスタンプや孔子様のイラストなど、
足利学校ならではのオリジナルスタンプです。

<足利学校:孔子立像>

足利学校「孔子立像」の写真です。「孔子立像」

学校門の手前(左手側)の孔子立像です。

<足利学校:学校門>

学校門の写真です。学校門

足利学校を象徴する「学校門」です。

寛文8年(1668)に創建され、現在、
足利学校の象徴的な門になっています。

扁額「学校」の文字は、名人「蒋 龍渓」
(しょう りゅうけい)が弘治元年(1555)
来日した時の書を、寛文8年(1668)幕府の
楽人で儒学者「林鵞峰」(はやしがほう)
門弟「狛高庸」(こまたかやす)が縮模
したものです。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

足利学校門の写真です。 「学校門」の説明プレートの写真です。

学校門の説明
足利学校内には、「入徳門」「学校門」
「杏壇門」(きょうだんもん)の三門があります。

(裏門もありますが・・・)

足利学校の全体模型の写真です。足利学校の全体模型

<足利学校:遺跡図書館と楷樹>

「遺跡図書館」の写真です。
「遺跡図書館」
学校門を通ると、すぐ左手側に、
「足利学校遺跡図書館」があります。

足利学校伝来の書籍を保存するために、
明治36年(1903)3月に誕生しました。

現在の建物が完成したのは、大正4年(1915)です。

そして、平成2年(1990)3月まで、
公共図書館として、開放されていました。

足利学校:遺蹟図書館の写真です。遺蹟図書館

遺蹟図書館は現在、展示と閲覧の場となっています。

図書館内は、撮影禁止になっています。

このほど、市制100周年記念として、
「相田みつを」、「足利学校打の刀剣」などの
特別展が開催されました。

足利学校:遺蹟図書館前の風景写真です。足利学校:遺蹟図書館前の風景

私も、小学生の頃、夏休みになると、
この図書館の前で宿題をやりました。

当時は、図書館前のスペースに、
机と椅子がたくさん用意されていたのです。

児童たちは、学校から配布された宿題集
『夏休みの友』がありました。
(私は、あまり友だちになりたくなかったのですが・・・)

それでも、楷樹かいじゅの木陰に並べられた机に向かって、
静かに本を読んでいると、楽しい気分になったことを
今でも覚えています。

<足利学校:楷樹(ナンバンハゼ)>

足利学校:楷樹の写真です。楷樹(遺蹟図書館前)

栃木県指定 天然記念物の楷樹です。

この楷樹は、中国、孔子の墓の楷樹の種を育て、
大正11年(1922)に植樹されました。

楷樹(ナンバンハゼ)
この木は日本、特に東日本には自生しない珍しい木であり、
別称「孔子くしの木」「楷」「トネリバハゼ」などがあるが、
学名を「ピスタシア・シネンシス」といって、
ウルシ科の落葉樹である。

現在目通りの太さ3.0メートル、雌木だけであるから
花は咲くが実は結ばない。

寄贈者 白澤 保美 林学博士
年月日 大正11年 3月7日
昭和31年6月15日 栃木県指定

足利市教育委員会

また、学校門を入ると、すぐ右手にも楷樹が植栽されています。

足利学校:学校門近くの楷樹ネイムプレートの写真です。学校門近くの楷樹

 

紅葉した足利学校のナンバンハゼ(楷樹)の写真です。紅葉した足利学校のナンバンハゼ(楷樹)

とイチョウ

毎年、11月になると、校内の木々が鮮やかに紅葉します。

南庭園の向こうに見える「方丈」の写真です。築山の向こうに見える「方丈」と「庫裡」

遺跡図書館から、方丈方向を臨む風景です。

<足利学校:字降松>

足利学校:字降松(かなふちまつ)の写真です。字降松

学校門と杏壇門の間に、字降松(かなふりまつ)があります。

字降松の伝説
学徒が読み方のわからない字や、
意味の解らない言葉などを紙に書いて
この松に結んでおくと、翌日には、
ふり仮名や注釈がついていたそうです。

答えは、「九華」(きゅうか)が
書いていたと言われています。

そうしたことから、「かなふり松」
と呼ばれるようになったと伝えられています。

* 九華(1500~1578)とは
名は玉崗(ぎょくこう)、諱(いみな)は、
瑞璵(ずいよ)、号は九華(足利学校での
学徒名)、大隅国(おおすみのくに)
(現在の鹿児島県の一部)にて生まれ、
伊集院(いじゅういん)氏(島津氏の一支族)
の出身です。

織姫神社には、「あしかがフラワーパーク」の大藤を
分枝した藤棚があります。

私は、当時の市長さんにお願いしました。

この「かなふり松」の分枝を試み、
勤務先の庭に、植えようとしたのです。

市長さんも協力してくださったのですが・・・。
(松の分枝は困難と知って、やむなく断念しました)

<足利学校:現代版字降松>

足利学校:字降松質問箱の写真です。足利学校:「字降松質問箱」

字降松の根元のすぐ近く(方丈側に、「字降松質問箱」があります。

足利学校に関する質問を住所と名前を添えて投函すると、
なんと、自宅に回答が送られてきます。

とても楽しくて勉強になるシステムですね。

足利学校:現代版「字降松」質問用紙の写真です。足利学校:現代版「字降松」質問用紙

このシステムを考えた人は、天才だと思いました。

筆者は感動のあまり、皆様にお知らせしたく、
質問用紙をいただきました。

質問用紙は、遺蹟図書館でもらえますので、
ぜひ御活用ください。

Q 勉強は、なんのためにするんですか ?

なんていう質問は、当ブログのコメント欄でも
お待ちしていますよ !

<足利学校:杏壇門>

足利学校:杏壇門の写真です。杏壇門

 

「杏壇門」の写真です。杏壇門の扁額

寛文8年(1668)につくられますが、
明治25年(1892)学校西方の火災により、
屋根、門扉が焼け、その後再建したものです。

扁額(へんがく)は、紀伊徳川家第10代
藩主大納言徳川治宝(とくがわ はるとみ)
(1771~1852)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

<足利学校:孔子廟>

足利学校:孔子廟の写真です。孔子廟

「杏壇門」を入ると、
「孔子廟」(こうしびょう)があります。

孔子廟の説明板の写真です。孔子廟の説明

「孔子廟」は、「聖廟」(せいびょう)とも呼ばれ、
孔子が祀られている廟です。

建物の名前は「大成殿」(たいせいでん)で、
寛文8年(1668)に造営され、
現存する日本最古の孔子廟です。

大成殿の扁額の写真です。大成殿の扁額

有栖川宮熾仁親王(ありすがわみやたるひとしんのう)
の子で、のちに京都知恩院門跡となった尊超法親王
(そんちょうほっしんのう)(1802~1852)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

足利学校:孔子坐像の写真です。孔子坐像

大成殿には、孔子の坐像が安置されています。

孔子の像として、坐している姿は、
たいへん珍しいと言われています。

天保2年(1832)画家の渡辺崋山
(わたなべかざん)などによって、
蔵の胎内名などが発見され、天文
4年(1535)に製作され、収めら
れたことが明らかになっています。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

「孔子座像」の説明プレートの写真です。孔子座像の説明

孔子坐像のお隣に祀られているのは、
足利学校の創健者とされている
小野篁(おのの たかむら)坐像です。

小野篁坐像の写真です。小野篁坐像

 

小野篁坐像説明プレートの写真です。小野篁坐像の説明

古くから、「足利学校は、小野篁の創建なり・・・」
と伝えられており、創始者として江戸中期に造立し、
向かって右側に祀られたものです。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

小野篁は、平安時代初期の公家、文人、学者として、
学問にたいへん優れていたことから、「学問の神様」
とも言われています。

大成殿のしゃちほこの写真です。大成殿の鯱

孔子廟の鯱(しゃちほこ)は、あまり例をみないそうです。

どこか変わったところがあるのでしょうか。

今度、ガイドさんに聞いてみましょうね。

それとも、字降松の質問箱に質問用紙を入れてみましょう。

黒ロウバイの花の写真です。黒ロウバイの花

当ブログ、「自然いっぱいコーナー」としては、
ロウバイの花を見過ごすことはできません。

なんと黒いロウバイの花です。

香りはありませんが、4月の下旬に咲いています。

足利学校:不断梅の写真です。西階の不断梅

西階の不断梅(さいかいのふだんばい)は、
実がなっても他の梅と異なり、いつまでも実を
樹上に付けており、「落ちない」梅として有名です。

まさに、「合格祈願」にふさわしい名木ですね。

<足利学校:釋奠(せきてん)>

足利学校:釋奠当日の学校門の写真です。釋奠当日の学校門

足利学校釋奠:平成20年(2003)足利市重要文化財
(民族文化財)に指定されました。

釋奠(孔子奉)は、毎年11月23日に行われる足利学校の
伝統行事です。

釋奠の「釋」も「奠」もお供え物を置く、並べるという意味です。

孔子は、今から2.500年前の中国に生きた聖人であり、
儒学の始祖です。

足利学校では、室町時代の中期以降、儒学を中心に教育が
行われてきたことから、同校でも釋奠が行われてきたと
考えられます。

現在の釋奠は、明治~大正時代を経て、11月23日に
種々の祭器を用いて野菜類ほか米、餅、鯛、牛肉、
酒等を供え、祝文を朗読し捧げています。

足利学校釋奠:祭官の入場の写真です。祭官の入場

学校門から杏壇門に向かう祭官です。

祭官は、足利市民を主体とした史跡足利学校
釋奠保存委員会のみなさんです。

足利学校釋奠:雅楽師の写真です。雅楽師

厳かに雅楽が演奏される中、祭官たちが大成殿に
昇堂(入場)します。

足利学校釋奠:大成殿に昇堂した祭官の写真です。大成殿に昇堂した祭官

 

足利学校釋奠:祭官によるお祓いの写真です。 足利学校釋奠:祭官によるお祓いの写真です。
足利学校釋奠:祓主による祓詞を奏する写真です。大麻行事:祓主による祓詞

 

足利学校釋奠:迎神の儀の写真です。迎神の儀

孔子像と小野篁像が開扉されます。

足利学校釋奠:孔子坐像の写真です。孔子坐像

 

足利学校釋奠の写真です。祭官と祭器

15人の祭官により、最初に簠・簋(米・餅)、
籩(魚)、豆(野菜)、俎(肉・魚)、
次いで罇(酒)が供えられます。
足利学校釋奠:祭器の写真です。
「釋奠」で使用する祭器
史跡足利学校「釋奠」(孔子祭)より

祭器名 供え物
簠(ほ) 米・餅
簋(き) 米・餅
籩(へん)
豆(とう) 野菜(白菜・大根など)
俎(そ) 牛肉・鯉
爵(しゃく)
犠罇(ぎそん) 酒樽(牛の繪)
象罇(しょうそん) 酒樽(象の繪)

足利学校釋奠の写真です。
祭器で孔子・四配に供す
四配:顔子・曽子・子思子・孟子

足利学校釋奠の写真です。
足利学校釋奠の写真です。献香

 

足利学校釋奠の写真です。送神の儀

<足利学校:南庭園>

足利学校 庭園の写真です。
南庭園
書院庭園の形態をもつ築山泉水つきやませんすい庭園です。

南庭園の説明板の写真です。南庭園の説明

 

ライトアップされた足利学校庭園の写真です。ライトアップされた足利学校庭園

「足利灯り物語」開催期間には、校内が鮮やかに
ライトアップされます。

<足利学校:方丈外観>

南庭園から見た方丈の写真です。南庭園から臨む方丈

「方丈」(ほうじょう」は、
寄せ棟造りで、屋根は茅葺かやぶき禅宗寺院の
本堂形式であるのが特徴です。

梁間はりま11m、桁行けたゆき17m、軒桁までの高さ5m、
外側の柱からかやの先(軒先)までが2.8mあります。

また、地上から大棟おおむねまでの高さは、13.8mです。

南庭園から見た方丈の縁の写真です。南庭園から見た方丈の縁

 

足利学校:玄関の写真です。玄関

本瓦葺で、唐破風からはふが付いています。

鬼瓦の「學」の字は、足利学校を中興した
上杉憲実うえすぎのりざねの筆跡を模写したものです。

ここからは、入場できません。
お隣の庫裡(くり)へどうぞ。

足利学校:玄関へのアプローチの写真です。玄関へのアプローチ

 

足利学校:裏門と土塁の写真です。足利学校:裏門と土塁

<足利学校:庫裡>

庫裡の写真です。庫裡

参観者は、この庫裡くりから方丈へ入ります。

庫裡は、かまどのある土間、板敷きの台所、
畳敷きの四部屋へとつづき、その奥には湯殿などがあり、
庠主しょうしゅ(校長)や学生の日常生活の場として使われていました。

足利学校:方丈と庫裡の案内板の写真です。足利学校:方丈と庫裡の案内板

<足利学校:庫裡の前の「宥座之器」>

足利学校:庫裡の前にある「宥座の器」の写真です。足利学校:庫裡の前にある「宥座の器ゆうざ き

 

足利学校:庫裡の前にある「宥座の器」の写真です。足利学校:「宥座の器」

傾いた器が吊り下がっています。

器の下にある水を柄杓ひしゃくですくい、器に注ぐと、
やがて、傾いていた器が水平になります。

さらに器へ水を注ぎ続けると、再び器が傾き、
注がれた器の水が、全部下にこぼれてしまいました。

足利学校:「宥座の器」の説明書の写真です。足利学校:「宥座の器」の説明書

孔子の教えに「中庸ちゅうよう」という言葉がありましたね。

説明書によると、「腹八分目がよい」と・・・。

筆者は、○○年前に受けた採用試験の問題を思い出しました。

「中庸と中道の違いについて述べよ」

この問いも、「字降松の質問箱」に入れておきましょうか ?!

<足利学校:庫裡の土間>

竃門の写真です。
竃門の写真です。竈(かまど)

庫裡に入ると、土間に竈が置いてあります。

参観者のお姉さん、シャッターを押しながら、

小声で、「炭治郎・・・!」とか。(鬼滅の刃)

「炭治郎」が、修行中に切った?
と言われる巨石は、
<聖地巡礼>「炭治郎が切った岩?」鬼滅の刃と栃木県足利市
を御覧ください。

足利学校:庫裡の小屋組の写真です。小屋組

庫裡の天井を仰ぎ見ると、見事な茅葺き屋根の裏側の
構造を見ることができます。

太い松丸太のはりが3層に重ねられ、
茅は大小の竹に荒縄あらなわで結ばれています。

足利学校:庫裡の大黒柱の写真です。大黒柱

足利学校では、しばしば貴重な特別展が開催されています。

一例として、以下に御紹介します。

足利市制100周年記念特別展「相田みつをと足利学校」

令和3年4月22日(木)~5月30日(日)
展示場所:足利学校内遺跡図書館

参観料は、足利学校参観料金のみです。

庫裡の入口にある資料

* 庫裡入口に、資料が用意されています。
<資料名-例->
● 「史跡 足利学校案内アプリ配信!!」
● 「足利学校で学んだ主な人々」
● 「足利学校を訪れた主な人々」
● 「足利学校の歴史-用語解説-」
● 「復原建物見学順路」
● 「足利学校 Q&A」 など 

<足利学校:展示コーナー>

足利学校:展示コーナーの写真です。展示コーナー

 

足利学校:展示コーナーの写真です。

庫裡の畳敷き4部屋では、展示コーナーとして、
足利学校の歴史を中心に、ゆかりある資料が展示されています。

<足利学校:方丈内部>

孔子と弟子たちの像の写真です。孔子と弟子たちの像

方丈の玄関には、孔子と弟子たちの像が
安置されています。

孔子像の写真です。孔子像

 

仏殿の間・尊牌の間の写真です。
仏殿の間・尊牌の間
仏殿の間・尊牌(そんぱい)の間は、
本漆(ほんうるし)で黒と朱で塗られた
須弥壇(しゅみだん)があります。

その後ろには、2本の来迎柱(らいごうばしら)が
立っています。

尊牌室(そんぱいしつ)の写真です。尊牌室(そんぱいしつ)

徳川幕府歴代将軍の位牌が、安置されています。

右から、三大 徳川家光(いえみつ)から、
十一代 徳川家斉(いえなり)の位牌です。

さらに、左側には、桂昌院(けいしょういん)大師の
位牌が安置されています。

脇仏壇の写真です。仏殿の間「脇仏壇」

仏壇の左側には、脇仏壇があります。
ここに、徳川家康(東照大権現)の位牌が、
安置されています。

曲彔(きょくろく)の写真です。曲彔(きょくろく)

曲彔とは、禅僧(ぜんそう)の導師(どうし)が、
説法(せっぽう)・法要(ほうよう)に際して用いる大椅子。

座面の裏側の墨書名(ぼくしょめい)によると、
実厳宗和(じつがんそうわ)足利学校十九世庠主(しょうしゅ)に
就任する前、玉林山本源寺(ぎょくりんざんほんげんじ)
(現足利市久保田町)住職のとき[天明六年(1786)]に
つくられている。

方丈内の漢字試験場の写真です。
方丈内の漢字試験場
方丈内の一角には、漢字試験場があります。

参観者が自由に挑戦でき、「自学自習」により、
自分で採点して、「納得したら卒業」だそうです。

足利学校:方丈内部の写真です。方丈内部

 

足利学校:方丈南縁側の写真です。
方丈南縁側

着物を着た淑女の写真です。
足利学校の方丈:着物を着た淑女の写真です。足利学校方丈:着物を着た淑女

成人式を迎えられた淑女の記念撮影です。

足利学校と着物姿が見事にマッチしていますね。

「御成人 おめでとうございます」

足利学校:南庭園の写真です。圃場から見た南庭園

 

元号由来の書籍の写真です。元号由来の書籍

仏殿の間の隣に、「足利学校所蔵書籍にみる元号」として、
明治から令和にいたる元号の
由来となった書籍が紹介されています。

万葉集 令和の典拠部分の写真です。万葉集 令和の典拠部分

 

文選にある令和の写真です。文選にある令和

国宝『宋刊本 文選』は、
中国南宋時代のもので、足利学校に所蔵されています。

釋奠の祭器の写真です。「釋奠」の祭器

釋奠(せきてん):孔子や弟子を祀ること。

展示コーナーの写真です。展示コーナー

足利学校の歴史を中心に、ゆかりのある資料が、
庫裡の畳敷き4部屋に、数多く展示されています。

足利学校:方丈と書院をつなぐ北廊下の写真です。方丈と書院をつなぐ北廊下

 

足利学校:方丈と書院をつなぐ北廊下の写真です。

<足利学校:書院>

足利学校:書院の内部の写真です。書院 上の間

書院の屋根は、栗の板を重ねた木賊葺とくさぶきで、
8畳2間の書院造りになっています。

書院の内部は、床の間、違い棚、付書院
花頭窓かとうまど松皮菱まつかわひし欄間付)があり、
庠主の接客の場として使われたところです。

書院で行われる「曝書」(虫干し)の写真です。書院で行われる「曝書」(虫干し)

<足利学校:北庭園>

足利学校:北庭園の写真です。書院側から見た北庭園と孔子廟

築山泉水庭園で、奥の庭として南庭園より
格が高く、亀の形をした中の島を配し、
そこには、弁天を祀る石の祠(ほこら)が
あります。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

北庭園の説明プレートの写真です。北庭園の説明

 

ライトアップされた足利学校北庭園の写真です。「足利灯り物語」:足利学校北庭園

<足利学校:裏門>

足利学校裏門の写真です。足利学校裏門

 

裏門の説明板の写真です。裏門の説明板

庫裡を出て、南に進み藤棚を通り過ぎると、
裏門があります。大学の裏口? ですか。

足利学校は、学生一人に対して、
教師が一人担当していたそうです。

また、入学や卒業も学生自身の判断で、
自由に決められた、とのことです。

校外から見た足利学校の裏門の写真です。校外から見た足利学校の裏門

太平記館から歩くと、最初に出会う門です。

ここからは入校できませんが、南向きの立派な門です。

<足利学校:藤棚>

足利学校内の藤棚の写真です。庫裡の前の藤棚:隠寮いんりょう

庫裡の南側の隠寮跡に、藤棚があります。

隠寮:師家または長老の居所。

この藤棚の南東の角には、『渡良瀬橋』を歌う
森高千里さんが植樹した藤がありました。

足利学校の藤棚の写真です。足利学校:森高千里さんが植樹した藤

森高さんが実際に植えた場所は、
裏門付近だったそうですが、後日、
史跡内(庫裡の前)に移植されました。

残念ですが、史跡内のため表示はありません。

参観の折に、ぜひ御覧ください。

藤棚の詳細は、
足利学校と八雲神社「森高千里さんが植えた藤」はどこにある?
を御覧ください。

<足利学校:衆寮>

足利学校:衆寮の写真です。衆寮しゅうりょう

 

「衆寮」の説明プレートの写真です。衆寮の説明

 

衆寮の部屋の写真です。衆寮内部

僧房または学生寮です。

遠くから通う僧侶や学生のための寮で、
写本などでも利用されていたようです。

<足利学校:上杉憲実 顕彰碑>

上杉憲実公彰碑の写真です。上杉憲実(のりざね)顕彰碑

「足利学校中興の祖」として、平成2年(1990)
中興550年祭の折、この石碑が建立されました。

ここから、庫裡を左手側にして北に行くと、
「木小屋」「土蔵」「学長墓所」などがあります。

<足利学校:木小屋>

足利学校:木小屋の写真です。木小屋

木小屋は、薪(まき)や農具置き場、漬け物など、
食料品の保管場所として利用されていました。

木小屋の前に、薪束が置かれていて、
いい雰囲気です。

木小屋の説明板の写真です。木小屋の説明

<足利学校:土蔵>

足利学校:土蔵の写真です。土蔵

 

「土蔵」の説明プレートの写真です。土蔵の説明

貴重品を格納するために建てられました。

周囲は漆喰仕上げで、屋根は栗板の栩葺とちぶきで、
耐火性に優れた土蔵です。

<足利学校:菜園場(サエンバ)>

校内の畑の写真です。校内の菜園場(サエンバ)

土蔵の北側には、野菜が栽培されていました。

現在でも、遠方から学びに来た学生が、
寮で暮らしているかのような雰囲気ですね。

<足利学校:北庭園側から望む風景>

足利学校:北庭園から臨む風景の写真です。北庭園から臨む風景

 

足利学校:北庭園から臨む風景の写真です。

<足利学校:土塁から望む風景>

足利学校から鑁阿寺を臨む写真です。足利学校(北土塁)から鑁阿寺を臨む

足利学校の北隣りにある、鑁阿寺(ばんなじ)の堀です。

たくさんのカモが優雅に浮かんでいます。

足利学校から鑁阿寺を臨む写真です。足利学校(北西土塁)から鑁阿寺を臨む

鑁阿寺の太鼓橋と山門(桜門)が見えます。

太鼓橋の架かる堀には、
エサを求める鯉が、たくさん集まってきます。 

<足利学校:歴代庠主(校長)の墓所>

足利学校:歴代庠主の墓の写真です。歴代庠主の墓

 

「学長墓所」の説明プレートの写真です。「学長墓所」の説明

足利学校歴代庠主(校長)一覧は、
渡良瀬橋ブログ「資料集」自然いっぱいコーナー!
7 【足利学校】・<足利学校歴代庠主(校長)一覧>
を御覧ください。

<足利学校:収蔵庫>

足利学校:収蔵庫の写真です。収蔵庫

遺蹟図書館の北側にある収蔵庫です。

足利学校の竹林の写真です。。

足利学校の竹林これで、足利学校を一周しました。

大成殿の西側には、すがすがしい竹林があります。

よく見ると、竹の子も元気に伸びていました。

ここにも、自然の息吹が感じられますね。

足利学校竹林の竹の子の写真です。
足利学校竹林の竹の子
昔、足利学校の学生さんも、
この竹の子を食べたのかも知れませんね。

竹の子のパステル画の写真です。

渡良瀬橋ブログ オリジナル作品集を御用意しました。
よろしかったら、
「絵手紙」作品集「自然いっぱいコーナー」
を御覧ください。

【足利学校:正一位霊験稲荷社】

孔子像の隣にある稲荷神社の写真です。孔子像の隣にある稲荷社

正一位霊験稲荷社(足利学校稲荷社)は、
合格祈願の御利益があるとされています。

<足利学校稲荷社:合格祈願絵馬・お守り>

足利学校:絵馬の写真です。足利学校稲荷社:絵馬

 

絵馬・お守り 初穂料
足利学校稲荷社・絵馬
合格祈願
700円
足利学校稲荷社・絵馬
梅・松
800円
足利学校稲荷社・合格お守り 700円

足利学校:絵馬の写真です。
足利学校事務所の受付けカウンターには、
合格祈願の絵馬とお守りが授与されています。

稲荷神社の絵馬やお守りは、 早川 尚秀はやかわなおひで 市長の定例記者会見で、
史跡足利学校事務所の業務の一部を2022年10月1日から
足利市観光協会に委託するという発表によるものです。

早川市長は、「集客のノウハウを持つ観光協会の力を借り、
参観者数30万人を目指したい」ということでした。

当ブログでも、全面的に応援させていただきます。

* 足利学校参観者数・・・2017年度 約17万8千人
2019年度 約14万2千人
2020年度 約6万人(感染症の影響)
2021年度 約10万9千人まで回復。

足利学校:お守りの写真です。
足利学校稲荷社:合格お守りの写真です。足利学校稲荷社:合格お守り

 

足利市長の絵馬の写真です。足利市長 早川尚秀氏の絵馬

 

正一位霊験稲荷社(足利学校稲荷社)の詳細は。
正一位霊験稲荷社(足利学校稲荷社):日本最古の学校で合格祈願
を御覧ください。

【足利学校:門前マルシェ】

足利学校:門前マルシェ入口の写真です。足利学校:門前マルシェ入口(2022.10.2)

学校様通り(まちなか遊学館~入徳門)が
歩行者天国となり門前マルシェが開催されました。

足利門前マルシェは、2018年から開催され、
今年で4年目を迎えました。

足利学校入徳門前のマルシェの写真です。足利学校入徳門前のマルシェ

 

マルシェ内に用意されたテーブルと椅子の写真です。マルシェ内に用意されたテーブルと椅子

マルシェで購入したソフトドリンクや、
ピザの飲食や、休憩スペースとして、
ところどころにテーブルと椅子が用意されていました。

マルシェの各ブースには、普段はなかなか購入できない
帽子や食器などのビンテージ、オリジナル製品や、
新鮮で無農薬栽培の果物・野菜が販売されています。

足利学校門前マルシェの詳細は、
足利学校門前マルシェ:第8回2022.10.2<ダイジェスト>
を御覧ください。

【足利学校と相田みつを特別展】

足利学校では、市制100周年記念特別展
「相田みつをと足利学校」が、
令和3年4月22日(木)~5月30日(日)に開催されました。

魅力的なのは、いつもの足利学校参観料のみで
特別展が拝見できることです。

<おわりに:相田みつを氏と私>

足利学校:「相田みつを」さんの特別展と聞いて、
なつかしく思い出されたことがあります。

私ごとで恐縮ですが、相田みつをさんから
いただいた本を御紹介して、本稿をおわります。

相田みつをさんの直筆の写真です。
相田みつをさんの直筆
私の結婚式のお祝いとして、いただいた本です。

『にんげんだもの』1984年4月15日 第一刷発行

『祝 門出 道は二人でひらく』

        昭和59年6月2日  みつを

みなさんも足利学校に、ぜひお越しくださいね。

お待ち申し上げます。

最後まで御覧いただき、ありがとうございました。

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