野外活動

足利七福神めぐり「徒歩と自動車:1日コース」

名草弁財天の写真です。

足利の名所旧跡もめぐります。

「足利七福神めぐり 徒歩と自動車コース」を
御紹介します。

行程は、自動車走行距離:24.1km
(名草厳島神社から、長林寺まで)
徒歩と自動車 1日コースです。

(参拝時間:名草厳島神社は1時間、
太平記館周辺の散策は、昼食を含め2時間30分、
足利公園周辺散策2時間)

まずは、みなさんの御要望は?

「もっと、くわしい順路が知りたい!」

「車はどこに駐車したらいいの?」

そんな、あなたのお悩みに、
少しでも、お役に立てることを目指します。

また、家に帰ってから、神社仏閣の由緒を改めて見てみると、
「大切なところを見逃していた!」なんてことは、
よくありますよね。

そんなわけで、歴史と自然豊かな足利市を
よりいっそう楽しんでいただくため、
お出かけ前に、本稿を御覧いただき、
下調べの代りとして御活用くだされば幸いです。

この記事の目次

【足利七福神めぐりのパンフレット】

* 太平記館のインフォメーションで入手できます。
* 2022年1月「あし・ナビ」でも入手できました。

七福神のパンフレットの写真です。
足利七福神のパンフレット(表面)

各社寺の概要(一覧表:まとめ記事)は、
足利七福神めぐり【まとめ】19の社寺と4つのモデルコース
を御覧ください。

七福神のルートマップの写真です。足利七福神のルートマップ(裏面)

出典・引用:一般社団法人 足利市観光協会
『足利七福神めぐり』より

[一般社団法人 足利市観光協会] 〒326-0053 栃木県足利市伊勢町3丁目6-4
TEL:0284-43-3000 FAX:0284-43-3333

御覧のように、足利市観光協会の『足利七福神めぐり』には、
足利市内18の社寺が紹介されています。

まるで、遠足の栞(しおり)のように、コンパクトで、
楽しくて、わくわくするパンフレットになっています。

足利七福神めぐり モデル4コース>

1 「徒歩コース」(足利市HPで御紹介のモデルコース:約3時間)
2 「自転車コース」(西の足利七福神めぐり:約5時間)
3 「自転車コース」(東の足利七福神めぐり:約4時間)
4 「徒歩と自動車コース」(旧跡の散策も!:約1日)

本稿の御案内は、4 「徒歩と自動車コース」です。

* 行程表(起点:名草厳島神社)

① 名草厳島神社 ⇒ ② 萬福寺 ⇒ ③ 太平記館 ⇒④ 鑁阿寺 ⇒ ⑤ 足利学校 ⇒
⑥ 伊勢神社 ⇒ ⑦ 太平記館 ⇒ ⑧ 足利公園  ⑨ 八雲神社 ⇒ ⑩ 福厳寺 ⇒
⑪ 常念寺 ⇒ ⑫ 足利公園 ⇒ ⑬ 草雲美術館 ⇒ ⑭ 足利公園 ⇒ ⑮ 長林寺

順路 場 所 七福神名
(距離・時間)
名草厳島神社
駐車場
起点:スタート
↓ 🚶 徒歩 約20分
名草厳島神社
社殿
弁財天
↓ 🚗 15.5km
車 40分
萬福寺 恵比寿神
↓ 🚗 5.5km
車 14分
太平記館
駐車場
駐車
↓ 🚶 442m
徒歩 5分
鑁阿寺 大黒天
↓ 🚶 240m
徒歩 3分
足利学校 見学
↓ 🚶 490m
徒歩 6分
伊勢神社 寿老人
↓ 🚶 400m
徒歩 5分
太平記館
駐車場
出発
↓ 🚗 2km・車 5分
足利公園 八雲神社駐車場 駐車
↓ 🚶 50m
徒歩 1分
八雲神社 大黒天
↓ 🚶 290m
徒歩 4分
福厳寺 布袋尊
↓ 🚶 410m
徒歩 5分
常念寺 毘沙門天
↓ 🚶 560m
徒歩 7分
足利公園 八雲神社駐車場 駐車場を徒歩で素通り
↓ 🚶 340m
徒歩 4分
草雲美術館 見学
↓ 🚶 340m
徒歩 4分
足利公園 八雲神社駐車場 出発
↓ 🚗 1.1km
車 3分
長林寺 福禄寿

【徒歩と自転車1日コース: 起点】

<名草厳島神社駐車場>

厳島神社最初の鳥居の写真です。名草厳島神社 駐車場前の鳥居

駐車場には、売店と「弁天釣り堀」があります。

売店前に、国指定 天然記念物  名草の巨石群
県立自然公園 ハイキングコース「厳島神社入り口」の
案内板があります。

巨石群のある「厳島神社」案内プレートの写真です。案内プレート
駐車場から、案内プレートの矢印方向に、

厳島神社の赤い鳥居があります。

足利七福神めぐり : ①【名草厳島神社】

名草厳島神社の社殿の写真です。名草厳島神社

弘仁年間、弘法大師空海によって勧請されたと
伝えられ、江戸時代中期には、別当である金蔵院
(こんぞういん)によって、巨石の上に石宮が
建立されました。

後に、弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祭られて
います)が建立されました。

江戸時代の祭典の祭には、弁財天を運び祭礼を
行っていましたが、明治維新の神仏分離により、
厳島神社となり、平成元年、新たに弁財天を
造立しました。

弁財天が鎮座している名草巨石群は、国指定の
天然記念物です。

勧請(かんじょう):神仏の分身・分霊を他の地に
移して祭ること。

別当(べっとう):本来、律令制において本官を
持つ者が他の官司の職務全体を統括・監督する
地位に就いた時に補任される地位。

<名草厳島神社 基本情報>

正式名称 名草厳島神社
(なぐさいつくしまじんじゃ)
七福神 名草弁天<福徳財宝・家内和合>
所在地 〒326-0001
足利市名草上町4990
電話 0284-41-9977(名草公民館)
アクセス・駐車場から 社殿まで、徒歩約20分
アクセス 北関東自動車道 足利IC:訳20分
北関東自動車道  太田気流IC:車40分
東北自動車道 佐野藤岡IC:車40分
駐車場 無料(数台)

<名草厳島神社 参拝記念スタンプ>

名草弁天 参拝記念スタンプ本体の写真です。名草厳島神社 参拝記念スタンプ

駐車場の売店に設置されています。

名草弁財天の写真です。名草弁財天「安産・子宝 弁財天」
弁財天

弁財天は、七福神の中で唯一の女神です。

元は、インドの水の神と崇拝されていましたが、
川のせせらぎが奏でる音色から、音楽の女神とも
呼ばれています。

そのため、広く技芸、文芸などの才能をもたらす神と
なりました。現在は、福徳財宝を授ける神としても
信仰されています。

<名草厳島神社 参道と巨石群>

鳥居をくぐり、けっこう急な山道を登ります。

巨石群の説明案内版の写真です。
しばらく行くと、左側に案内プレートが
見えてきます。

名草巨石群]は、厳島(いつくしま)神社境内の奥、
弁天沢の中にありますと、表示されています。

そして、巨石群の特徴は、
花崗岩(かこうがん)特有の「玉ねぎ風化」という
風化現象による、丸みをおびた大岩です。

二つ目の鳥居の写真です。
二つ目の鳥居が見えてきました。
いよいよ、巨石群が現れてきます。

巨石群の説明案内版 弁慶の割石についての表示板の写真です。

弁慶の割石の写真です。
「弁慶の割石」です。
角度を変えて見ても、見事な割れ方をしていますね。

このような神聖な巨石は、全国で数カ所におよび
紹介されています。

それぞれが「鬼滅の刃」の聖地とされています。
(全国で、楽しく盛り上がりましょうね)

馬頭観音堂の写真です。
これは、馬頭観音堂です。

石割楓の写真です。
「石割楓(かえで)」です。
なんと、石を割って出てきました。
さすが、パワースポットですね。

「胎内くぐり」の写真です。
「胎内くぐり」で知られている、
高さ11m以上の巨石です。

この巨石には、ちょうど一人分の隙間があり、
子どものころ、よく潜りました。
(今は、立ち入れません)

名草弁財天についての説明板の写真です。
「名草弁財天の写真です。
「胎内くぐり」巨石の裾に鎮座する「名草弁財天」です。
足利七福神めぐりの一つです。

「安産 子宝 弁財天」と、ありました。

厳島神社の社殿の写真です。
厳島神社の社殿が見えてきました。

社殿から胎内くぐりに架かる橋の写真です。
社殿から、「胎内くぐり」に架けられた橋です。

厳島神社社殿の写真です。
石段を登り、社殿に着きました。

「胎内くぐり」から見た社殿の写真です。
「胎内くぐり」から、社殿方向の景観です。

下山して、駐車場に戻ります。 

弁天釣り堀の写真です。
釣り堀のメニューの写真です。
駐車場の隣には、楽しそうな釣り堀があります。
お子様と一緒に過ごせそうですね。

足利七福神めぐり: ②【萬福寺】

萬福寺参道の写真です。萬福寺 参道

 

<萬福寺 本堂>

萬福寺扁額の写真です。萬福寺 扁額

 

萬福寺本堂の写真です。萬福寺 本堂

時宗大沼田山金蓮院萬福寺は、七百年以上の歴史ある寺院で、
古墳群が散在する大沼田町大坊山麓の地に在ります。

昔、大沼山萬福寺と称し、後に大沼田山萬福寺となりました。

かつては、大沼田全域を一箇寺の大きな寺院でしたが。
世代の移り変わりと共に、現在に至ります。

萬福寺 基本情報>

正式名称 時宗大沼田山金蓮院萬福寺
(じしゅう おおぬまたやま きんれんいん まんぷくじ)
七福神 恵比寿神<除災招福・商売繁盛>
所在地 〒326-0011
足利市大沼田町1436
電話
FAX
0284-91-0251
0284-91-0435
アクセス・名草厳島神社から 15.5km 車40分
アクセス 北関東自動車道 足利IC:13分
JR足利駅:車13分 徒歩56分
東武足利市駅:車17分 徒歩70分
駐車場 無料
料金 志納料:300円(1面)
特記事項 御朱印は、1面~6面まで対応可能。
最初の参拝の祭は、阿弥陀如来様の御朱印、2回目胃以降は佛様を選べます。
* 対応日は、SNS(インスタグラム、ツイッター)で予告します。
* 予約は不可です。

<萬福寺 御朱印>

萬福寺 恵比寿神の御朱印の写真です。恵比寿神の御朱印
恵比寿神

七福神の中で、唯一日本出身の神です。

人々に福と安全を授ける守護神、
商売繁盛や漁業、除災招福の神として、
信仰と人気を集めています。

ふくよかな笑顔(えびす顔)が特徴です。

<萬福寺 境内>

萬福寺 阿弥陀如来像と念仏小僧の写真です。阿弥陀如来像と念仏小僧

参道入り口の阿弥陀如来立像(右)と、
念仏小僧(左)です。

萬福寺 聖観音菩薩像の写真です。聖観音菩薩像

 

萬福寺 子育て・安産地蔵尊の写真です。子育て・安産地蔵尊

 

萬福寺 十三印塔の写真です。十三印塔

 

萬福寺 六地蔵尊の写真です。です。六地蔵尊

萬福寺は、本堂に向かう参道の両側に、
諸仏が鎮座しています。

霊験あらたかな、大坊山のふところに抱かれた
自然豊かな寺院です。

足利七福神めぐり : ③【太平記館】

* 【太平記館】 観光駐車場に車を駐車します。

太平記館の写真です。太平記館

 

太平記館 観光駐車場の写真です。太平記館 観光駐車場

 

太平記館 基本情報>

正式名称 太平記館
(たいへいきかん)
所在地 〒326-0053
足利市伊勢町3-6-4
電話 0284-43-3000
0284-40-1570(売店直通)
アクセス・萬福寺から 5.5km 車14分
アクセス 北関東自動車道 足利IC:約15分
北関東自動車道 太田桐生IC:約30分
東北自動車道 佐野藤岡IC:約30分
JR足利駅:徒歩5分
東武足利市駅:徒歩10分
駐車場(観光駐車場)
無料
乗用車:40台 大型バス:10台
* 予約は承っておりません。
営業時間 9:00~17:00
休業日 12月29日~12月31日
特記事項 商品:和菓子、洋菓子、スイーツ、ファンシーグッズ等
ランチ:~1000円

 

太平記館内の写真です。太平記館内の売店

<東武足利市駅からのルート>は、
足利市駅から行く「太平記館」と「足利学校」
を御覧ください。

JR足利駅からのルート>は、
「渡良瀬橋」車椅子や徒歩で安全に楽しむルートを画像で紹介
【JR足利駅】●⑴北口から「渡良瀬橋・歌碑」ルート
を御覧ください。

* 太平記館内の「多機能トイレ」は、レジを右手側に進み、
突き当たりにあります。

足利七福神めぐり :④【鑁阿寺】

鑁阿寺「太鼓橋」と「山門」の写真です。鑁阿寺(ばんなじ)「太鼓橋」と「山門」

 

鑁阿寺「山門」の写真です。鑁阿寺「山門」の扁額

鑁阿寺「本堂」の写真です。「大御堂(おおみどう):本堂」

 

鑁阿寺本堂に続く灯りの写真です。鑁阿寺本堂に続く灯り(足利灯り物語)

鑁阿寺は、鎌倉時代、建久7年(1196)に、
足利義兼によって建立された真言宗大日派の
本山です。

山号は、金剛山。本尊は、大日如来です。
(源氏、足利氏の守り本尊)

約4万平方メートルに及ぶ敷地は、元々、
足利氏の館(やかた)であり、現在でも、
四方に門を設け、土塁と堀がめぐらされています。

平安時代後期による、武士の館の面影が残されており、
「史跡 足利氏宅跡」として、国の史跡に指定されました。
(大正10年3月指定、現在「日本の名城百選」になる)

寺院としては、鎌倉時代初期、建久7年(1196)源姓
足利氏二代目の足利義兼(よしかね)が発心得度し、
邸宅内に持仏堂を建てたのが始まりとされます。

義兼の死後、三代目の義氏(よしうじ)が
堂塔伽藍(がらん)を建立し、足利一門の氏寺としました。

寛喜元年(1229)に落雷により焼失しましたが、
足利貞氏(さだうじ)が禅宗方式を取り入れ、
改修しました。

日本の禅宗様式への最初の転換期にあたります。

鑁阿寺 大いちょうの写真です。大いちょう(天然記念物)

鑁阿寺は、春は桜、秋は大いちょうの紅葉が
見事で、市民には「大日様」と呼ばれ
親しまれています。

<鑁阿寺 基本情報>

正式名称 金剛山 鑁阿寺
(ばんなじ)
七福神 大黒天<福徳・財宝>
所在地 〒326-0803
足利市家富町2220
電話 0284-41-2627
アクセス・太平記館から 442m 徒歩5分
アクセス JR足利駅:車5分 徒歩10分
東武足利市駅:車7分 徒歩15分
北関東自動車道 足利IC:10分
北関東自動車道 太田桐生IC:15分
東北自動車道 佐野藤岡IC:45分
駐車場 あり(無料)太平記館 観光駐車場

<鑁阿寺 大黒天と御朱印>

鑁阿寺「校倉(宝庫)」の写真です。鑁阿寺 校倉(宝庫)大黒天

 

鑁阿寺大黒天の写真です。鑁阿寺 大黒天

 

鑁阿寺 大黒天の御朱印の写真です。鑁阿寺 大黒天の御朱印
大黒天

福徳や財宝を与える福の神として、祀られています。
米俵(こめだわら)の上に立ち、右手に打ち出の小槌、
左肩に大きな袋を背負った優しい笑顔の神様です。

大国主命(おおくにぬしのみこと)と神仏習合したもの
と言われています。

参拝スタンプは、本堂の受付にあります。

有料(100円)で押印してもらいます。

鑁阿寺の詳細については、
鑁阿寺(ばんなじ)国宝「大日様」は、どんなところ?
を御覧ください。

足利七福神めぐり :⑤【足利学校】

史跡 足利学校は、七福神めぐりの途中、
ぜひ参観したい観光スポットととしてお勧めします。

足利学校「学校門」の写真です。足利学校「学校門」

 

足利学校全景写真です。足利学校 全景

 

<足利学校様通り>

「足利学校」入り口の写真です。「足利学校」入り口

「中央通り」から「学校様通り」に入ると、
孔子像と史跡足利学校の碑が立っています。
そして、右手側に「足利まちなか遊学館」があります。

足利まちなか遊学館の詳細については、
足利観光スポット!は「足利まちなか遊学館」からスタートしよう!
を御覧ください。

足利学校「入徳門」前の写真です。足利学校「入徳門」

 

足利学校「乳徳門」の写真です。足利学校「入徳門」の扁額

「学校様通り」の突き当たりに、入徳門があります。
地元では、足利学校を「学校様」と呼んでいました。

足利学校「入徳門」の説明版の写真です。足利学校「入徳門」の説明

寛文8年(1668)徳川幕府第4代将軍「家綱」
の時につくられますが、天保2年(1831)鑁阿寺
(ばんなじ)安養院(あんよういん)の火災により
焼失、同11年(1840)頃修築。

その後、明治の末頃に移転修築したと
伝えられています。

扁額(へんがく)「入徳」は、紀伊徳川家第11代
藩主大納言「徳川斎順」(とくがわなりゆき)
(1801~1846)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

足利学校の入場券売り場の写真です。
参観券売り場(管理事務所)

<足利学校 基本情報>

正式名称 足利学校
(あしかががっこう)
所在地 〒326-0813
足利市昌平町2338
電話
FAX
0284-41-2655
0284-41-2082
アクセス・鑁阿寺から 240m 徒歩3分
アクセス 北関東自動車道 足利IC:約10分
JR足利駅:徒歩10分
東武足利市駅:徒歩15分
営業時間 4月~9月:午前9時~午後5時(受付は4時30分)
10月~3月:午前9時~午後4時30分
(受付は4時)
休業日 第3水曜日(11月は第2水曜日)(祝日、振替休日のときは翌日)、年末ただし、施設整備のため休刊日が異なる場合がありますので、ご来館の祭は、直接足利学校へお問い合わせください。
参観料 一般・個人:420円 団体:350円
高校生・個人:220円 団体:170円
* 中学生以下、障がい者:無料
* 団体:20名以上
駐車場 太平記館 観光駐車場(無料)
足利学校 参観入り口ゲートの写真です。参観入り口ゲート

入り口のゲートは可動式ですので、
車椅子など、通りにくい場合は、
係の方に移動してもらいましょう。

参観案内の看板の写真です。参観案内の看板

学校内の説明をしてくれるガイドさんが
数名います。

足利観光協会に問い合わせたところ、
このボランティアガイドさんは、
平日、10名以上の団体で、
10日前までの申し込みが必要です。

 お問い合わせ:足利観光協会
    電 話:0284-43-3000

ビデオ鑑賞室の写真です。ビデオ視聴室

足利学校の歴史について、ビデオの視聴をとおし、
理解を深めることができます。

放映時間は、14分です。

このビデオを御覧になってから、参観することを
おすすめします。

足利学校参観記念スタンプの写真です。足利学校参観記念スタンプ

足利学校の参観記念スタンプです。

初めてお越しになった方は、
見過ごしてしまうかも知れませんので、
御案内しますね。

参観記念スタンプは、
入場券売り場のカウンターではなく、
ビデオ視聴室の入り口カウンターにあります。

孔子像の写真です。孔子像 

学校門の手前(左手側)の孔子像です。

孔子像の隣にある稲荷神社の写真です。孔子像の隣にある稲荷神社

この稲荷神社(正一位霊験稲荷社)は、
合格祈願の御利益があるとされています。

学校門の写真です。学校門

足利学校を象徴する「学校門」です。

寛文8年(1668)に創建され、現在、
足利学校の象徴的な門になっています。

扁額「学校」の文字は、名人「蒋 龍渓」
(しょう りゅうけい)が弘治元年(1555)
来日した時の書を、寛文8年(1668)幕府の
楽人で儒学者「林鵞峰」(はやしがほう)
門弟「狛高庸」(こまたかやす)が縮模
したものです。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

 「学校門」の説明プレートの写真です。
「学校門」の説明
足利学校内には、「入徳門」「学校門」
「杏壇門」(きょうだんもん)の三門があります。
(裏門もありますが・・・)

足利学校の全体模型の写真です。足利学校の全体模型

 

「遺跡図書館」の写真です。
「遺跡図書館」
学校門を通ると、すぐ左手側に、
「足利学校遺跡図書館」があります。

足利学校伝来の書籍を保存するために、
明治36年(1903)3月に誕生しました。

現在の建物が完成したのは、
大正4年(1915)です。

そして、平成2年(1990)3月まで、
公共図書館として、開放されていました。

現在では、展示と閲覧の場となっています。
(相田みつを特別展が開催されました)

私も、小学生の頃、夏休みになると、
この図書館で宿題をやりました。

 当時は、学校から配布された宿題集
『夏休みの友』がありました。
(私は、あまり友だちになりたくなかったのですが・・・)

南庭園の向こうに見える「方丈」の写真です。築山の向こうに見える「方丈」

学校門を入り、右手側の風景です。
左手側には、先に御紹介した遺跡図書館があります。

「かなふり松」の写真です。
「字降松」
学校門と杏壇門の間に、
字降松(かなふりまつ)があります。

字降松の伝説
 学徒が読み方のわからない字や、
意味の解らない言葉などを紙に書いて
この松に結んでおくと、翌日には、
ふり仮名や注釈がついていたそうです。

 答えは、「九華」(きゅうか)が
書いていたと言われています。

 そうしたことから、「かなふり松」
と呼ばれるようになったと伝えられています。

* 九華(1500~1578)とは
名は玉崗(ぎょくこう)、諱(いみな)は、
瑞璵(ずいよ)、号は九華(足利学校での
学徒名)、大隅国(おおすみのくに)
(現在の鹿児島県の一部)にて生まれ、
伊集院(いじゅういん)氏(島津氏の一支族)
の出身です。

織姫神社には、「あしかがフラワーパーク」の大藤を
分枝した藤棚があります。

私は、当時の市長さんにお願いしました。

この「かなふり松」の分枝を試み、
勤務先の庭に、植えようとしたのです。

市長さんも協力してくださったのですが・・・。
(松の分枝は困難と知って、やむなく断念しました)

「杏壇門」の写真です。「杏壇門」の扁額

寛文8年(1668)につくられますが、
明治25年(1892)学校西方の火災により、
屋根、門扉が焼け、その後再建したものです。

扁額(へんがく)は、紀伊徳川家第10代
藩主大納言徳川治宝(とくがわ はるとみ)
(1771~1852)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

「杏壇門」を通ると、
「孔子廟」(こうしびょう)があります。

孔子廟の説明板の写真です。孔子廟の説明板

 

孔子廟の写真です。孔子廟

この「孔子廟」は、
「聖廟」(せいびょう)とも呼ばれ、
孔子が祀られている廟です。

建物の名前は「大成殿」(たいせいでん)で、
寛文8年(1668)に造営され、
現存する日本最古の孔子廟です。

大成殿の扁額の写真です。大成殿の扁額

有栖川宮熾仁親王(ありすがわみやたるひとしんのう)
の子で、のちに京都知恩院門跡となった尊超法親王
(そんちょうほっしんのう)(1802~1852)の書です。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

孔子坐像の写真です。
孔子坐像
大成殿には、孔子の坐像が安置されています。

孔子の像として、坐している姿は、
たいへん珍しいと言われています。

天保2年(1832)画家の渡辺崋山
(わたなべかざん)などによって、
蔵の胎内名などが発見され、天文
4年(1535)に製作され、収めら
れたことが明らかになっています。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

そのお隣に祀られているのは、
足利学校の創健者とされている
小野篁(おのの たかむら)坐像です。

「孔子座像」の説明プレートの写真です。「孔子座像」の説明

 

小野篁坐像の写真です。小野篁坐像

 

小野篁坐像説明プレートの写真です。小野篁坐像説明

古くから、「足利学校は、小野篁の創建なり・・・」
と伝えられており、創始者として江戸中期に造立し、
向かって右側に祀られたものです。

出典:『足利学校』
史跡 足利学校事務所(2000-2019)

大成殿のしゃちほこの写真です。大成殿の鯱

この鯱(しゃちほこ)は、
あまり例をみないそうです。

どこか変わったところがあるのでしょうか。

今度、ガイドさんに聞いてみましょうね。

黒ロウバイの花の写真です。黒ロウバイの花

当ブログ、「自然いっぱいコーナー」としては、
この花を見過ごすことはできません。

なんと黒いロウバイの花です。

香りはありませんが、4月の下旬に咲いています。
足利学校には、いろいろ珍しいものがありますね。

足利学校 庭園の写真です。
南庭園
書院庭園の形態をもつ築山泉水庭園
(つきやま せんすい)庭園です。

南庭園の説明板の写真です。南庭園の説明板

 

南庭園から見た方丈の写真です。南庭園から見た「方丈」

この「方丈」(ほうじょう」は、
禅宗寺院の本堂形式です。

地上から大棟(おおむね)までの高さは、
なんと13.8mです。

屋根は、今や貴重な茅葺き(かやぶき)で、
外側の柱から軒先(茅の先端)までが、
2.3mもあります。

南庭園から見た方丈の縁の写真です。南庭園から見た方丈の縁

 

方丈の玄関の写真です。方丈の玄関

ここからは、入場できません。

お隣の庫裡(くり)へどうぞ。

庫裡の写真です。庫 裡

参観者は、この庫裡から方丈へ入ります。

中には、貴重な資料が展示されています。 

足利学校の歴史を中心に、ゆかりのある資料が、
庫裡の畳敷き4部屋に、数多く展示されています。

足利学校裏門の写真です。足利学校裏門

 

裏門の説明板の写真です。裏門の説明板

庫裡を出て、南に進み藤棚を通り過ぎると、
裏門があります。大学の裏口? ですね。

足利学校は、学生一人に対して、
教師が一人担当していたそうです。

また、入学や卒業も学生自身の判断で、
自由に決められた、とのことです。

「衆寮」の写真です。「衆寮」(しゅうりょう)

 

「衆寮」の説明プレートの写真です。「衆寮」の説明

 

衆寮の部屋の写真です。衆寮の部屋

遠くから通う学生のための寮で、
写本などでも利用されていたようです。

上杉憲実公彰碑の写真です。上杉憲実(のりざね)公彰碑

「足利学校中興の祖」として、平成2年(1990)
中興550年祭の折、この石碑が建立されました。

ここから、庫裡を左手側にして北に行くと、
「木小屋」「土蔵」「学長墓所」などがあります。

木小屋の写真です。木小屋

薪(まき)や農具置き場、漬け物など、
食料品の保管場所として利用されていました。

木小屋の説明板の写真です。木小屋の説明板

 

「土蔵」の写真です。「土蔵」

 

「土蔵」の説明プレートの写真です。「土蔵」の説明

貴重品を格納するために建てられました。
耐火性に優れた土蔵です。

校内の畑の写真です。校内の畑

校内の畑には、野菜が栽培されていました。

現在でも、遠方から学びに来た学生が、
寮で暮らしているかのような雰囲気ですね。

足利学校から鑁阿寺を臨む写真です。足利学校から鑁阿寺を臨む

足利学校の北隣りにある、
鑁阿寺(ばんなじ)の堀です。

たくさんのカモがいます。

足利学校から鑁阿寺を臨む写真です。足利学校から鑁阿寺を臨む

太鼓橋の架かる堀には、
エサを欲しがる鯉が泳いでいました。 

「学長墓所」の写真です。 「学長墓所」

 

「学長墓所」の説明プレートの写真です。「学長墓所」の説明

 

足利学校の竹林の写真です。。足利学校の竹林

これで、足利学校を一周しました。

大成殿の西側には、すがすがしい竹林があります。

足利七福神めぐり: ⑥【伊勢神社】

伊勢神社の鳥居の写真です。伊勢神社の鳥居

 

伊勢神社内宮の写真です。
伊勢神社内宮

伊勢神社の祭壇の写真です。。伊勢神社の祭壇

 

伊勢神社 由緒沿革の写真です。伊勢神社 御由緒

<伊勢神社の由緒沿革について>
* 境内の御由緒書は、「途中かすれて読めない部分が
ある」との御指摘もありましたので、
以下に抜粋を示します。

当神社は、社伝によると、足利庄伊勢宮として、
皇祖天照皇大神(あまてらすすめのおおかみ)を

奉斎して鎮祭され、新田、足利両家の尊崇を受け、

鎌倉時代には源氏、殊(こと)に足利氏、尊氏、
持氏、成氏等累代や衆生の人々が連綿と崇敬され、
足利尊氏の父貞氏の文書によれば、

鑁阿寺の東南にある伊勢宮の勧請は、足利家の
武運を祈るためのものであり、先例に任せ
怠慢なきようとのしじがあり、この伊勢宮に

由来するものと考えられる。それは古く平安時代の
仁平元年(1151)の創建と伝えられる。

1845年に社殿を復興造営して、以来1881年、
1906年に社殿の再興を行い、1913年には足利町民が
挙って、伊勢神宮御用材の「お木曳行事」に斎行して、
御社殿などを造営した。

奉斎(ほうさい):神仏などを慎んでまつること。

鎮祭(ちんさい):諸神をまつり、その土地を
しずめ固めるための祭儀。また、それを行うこと。

挙って(こぞって):関係者がそろって、一斉に。

お木曳行事(おきひきぎょうじ):伊勢神宮の式年遷宮で、
御用材を両宮の宮域に運搬する行事。

斎行(さいこう):お祭りや祈祷(きとう)を行うこと。

<伊勢神社 基本情報>

正式名称 伊勢神社
(いせじんじゃ)
七福神 寿老人<五穀豊穣・幸福長寿>
所在地 〒326-0053
足利市伊勢町2-3-1
電話 0284-41-5347
アクセス・鑁阿寺から 490m 徒歩6分
アクセス JR足利駅:車2分
東武足利市駅:車10分
北関東自動車道 足利IC:12分
駐車場 無料(15台)
特記事項 オリジナル御朱印帳。直書きのみお渡し可。

<伊勢神社 御朱印>

伊勢神社の御朱印の写真です。
伊勢神社の御朱印

寿老人の写真です。寿老人
寿老人

にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物をくくり付けた杖、亀を手にのせた姿でも
知られています。

巻物は、人名の長寿をしるし、亀は長寿を司る使者と
されています。

延命長寿、福徳円満の神とされています。

七福神の写真です。伊勢神社境内の七福神

境内の小さな社には、恵比寿、大黒天、布袋尊などの
七福神が鎮座しています。

伊勢神社 参拝祈念スタンプの写真です。伊勢神社 参拝記念スタンプ

 

境内の手水舎の写真です。手水舎

 

絵馬かけ場の写真です。絵馬かけ場

伊勢神社 外宮(豊受皇大神)

外宮に向かう参道の写真です。外宮に向かう鳥居と参道

 

外宮の写真です。外宮

外宮には、豊受皇大神(とようけのおおかみ)が
祀られています。

伊勢神社 月讀宮(月讀命)

月讀宮の鳥居の写真です。月讀宮の鳥居

 

月讀宮の写真です。月讀宮

月讀宮(つきよみのみや)の御祭神は、
月讀命(つきよみのみこと)で、天照大御神の
弟神:月を読む神です。

月の満ち欠けは、生命の誕生に深く関わっている
ことから、子授け・安産・運(ツキ)気上昇の神と
されています。

伊勢神社の売店の写真です。伊勢神社のお守り

伊勢神社には、オリジナル御朱印帳も用意されています。

まちなかのコンパクトな神社で、私たち市民にとっても、
たいへん親しみ深い神社です。

足利七福神めぐり: ⑦【太平記館】

伊勢神社から、再び太平記館駐車場に戻ります。

太平記館までは、400m、徒歩5分です。

今度は、車で足利公園に向かいましょう。

なお、太平記館や学校様通り、大日様大門通りには、
食事処やカフェなどがありますので、
昼食や休憩場所として御利用いただけます。

足利学校前の道路の写真です。足利学校前の道路(学校様通り付近)

 

鑁阿寺前の道路の写真です。鑁阿寺前の道路(大門通り)

 

足利七福神めぐり: ⑧【足利公園 八雲神社駐車場】

足利公園の写真です。足利公園入り口

 

地図を御覧になると、八雲神社が数カ所ありますね。
足利七福神で紹介されている八雲神社は、
「總社 八雲神社」で、足利公園の隣の神社です。

足利市内の八雲神社については、
『渡良瀬橋』の歌と5つの「八雲神社」巡り
を御覧ください。

足利公園 八雲神社駐車場の写真です。
足利公園 八雲神社駐車場
八雲神社 鳥居の左手側にある駐車場です。

足利公園入り口の手前にあります。

足利公園入り口の公衆トイレの写真です。足利公園入り口の公衆トイレ

駐車場の南(足利公園入り口)に、
多目的公衆トイレがあります。

八雲神社前の写真です。八雲神社前

足利七福神めぐり: ⑨【總社 八雲神社】

足利總鎮守 總者 八雲神社の写真です。足利總鎮守 總者 八雲神社

 

八雲神社社殿の写真です。八雲神社の社殿

 

八雲神社の祭壇の写真です。八雲神社 拝殿

 

總社 八雲神社の厨子天神の写真です。八雲神社の厨子天神

 

八雲神社 本殿の写真です。八雲神社 本殿

八雲神社は、およそ1100年ほど前(平安時代)
貞観11年(869)、清和天皇により創建されました。

当時、三陸沖で発生した大地震の鎮守のため、
右大臣藤原基経(もとつね)に命じて、
須佐之男命2神を祀り、安堵(あんど)を祈らせました。

その東国の第一祈願所として当神社が創建されました。

あしかが輝き大使である、歌手の森高千里さんの
『渡良瀬橋』で歌われたことで、全国から参拝者が
訪れています。

しかし、平成24年(2021)12月3日に焼失。

八雲神社再建にあたり、伊勢神宮の式年遷宮年
(平成25年・第62回)のおり、「天照大神弟神の
月讀荒御魂宮」の本殿・幣殿一式と、その一部が
譲与されました。

御社をそのまま譲り受け、移築されることは、
極めて希なことで、新たに月讀荒御魂宮が
合祀されました。

そして、平成29年12月9日、10日の2日間、
焼失から5年を経過して、復元された新社殿の
竣工式が行われました。

式年遷宮(しきねんせんぐう):一定の周期毎に、
新殿を造営して、旧殿の神体を移すこと。
伊勢神宮の20年一度の式年遷宮はもっとも有名。

月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)

<八雲神社 基本情報>

正式名称 足利祖鎮守 總社 八雲神社
(そうじゃ やぐもじんじゃ)
七福神 大黒天<五穀豊穣・諸願成就>
所在地 〒326-0816
足利市緑町1-3776
電話 0284-64-8864(奉賛会事務局)
0284-21-8801(社務所)
FAX 0284-64-8864(奉賛会事務局)
0284-21-8802(社務所)
アクセス・太平記館から 2km 車5分
アクセス JR足利駅:車5分、徒歩約30分
東武足利市駅:車4分 徒歩約25分
北関東自動車道 足利IC:車15分
北関東自動車道 太田桐生IC:車12分
駐車場 足利公園 八雲神社駐車場(無料)
拝観・開館時間 御朱印等授与所での対応
9:00~16:00
料金 初穂料:500円
特記事項 御朱印は、基本的に毎日対応可。
(授与所が時間外で留守の場合でも、
社務所にお声掛け頂ければ、宮司が
対応できる場合もあります)

<八雲神社 御朱印>

八雲神社の度朱印の写真です。八雲神社の度朱印

 

八雲神社の参拝記念スタンプの写真です。
八雲神社の参拝記念スタンプ

總社 八雲神社の大黒天の写真です。八雲神社の大黒天
大黒天

福徳や財宝を与える福の神として、祀られています。
米俵(こめだわら)の上に立ち、右手に打ち出の小槌、
左肩に大きな袋を背負った優しい笑顔の神様です。

大国主命(おおくにぬしのみこと)と神仏習合したもの
と言われています。

八雲神社のお守りの写真です。八雲神社のお守り

「渡良瀬橋」のお守りや、絵馬もあります。

「渡良瀬橋」のデザインは、先代の宮司さん
(筆者の恩師)によるものです。

八雲神社 絵馬の写真です。八雲神社 絵馬

 

八雲神社 絵馬掛場の写真です。絵馬掛場

<八雲神社 境内>

八雲神社 手水舎の写真です。手水舎

 

八雲神社 手水舎の龍の写真です。手水舎の龍

八雲神社の鳥居をくぐると、左手側に手水舎が
あります。

手水舎は、社寺によって、いろいろな特色があって、
味わい深く趣がありますね。

八雲神社 藤棚の写真です。森高千里さんが植樹した藤

 

八雲神社 森高千里さんの植樹記念の立札の写真です。植樹記念の立札

森高千里さんは、2013年3月に行われた
ライブコンサートの前日、「足利一日市長」を
勤められました。

その際に、足利フラワーパークの藤の苗木を
足利学校と八雲神社境内に植樹されました。

藤もずいぶん大きくなってきましたね。

森高さんの植樹した藤の詳細は、
足利学校と八雲神社「森高千里さんが植えた藤」はどこにある?
を御覧ください。

足利七福神めぐり: ⑩【福厳時】

福厳字を示す道標の写真です。福厳字を示す道標

足利公園 八雲神社駐車場にある道標です。

道標には、幅厳寺まで240m、3分とあります。

福厳寺の次に訪問する草雲美術館は、反対方向
200m、3分のところにあります。

福厳寺 本堂の写真です。福厳寺 本堂

福厳寺の寺伝によれば、伊豆走場山般若寺の
僧「理真」(りしん:足利義兼が帰依していた高僧)
により開山されました。

源平合戦に活躍した、足利義兼の妻「時子」が懐妊の折、
姉の「政子」の依頼により、理真が足利に来て、
当福厳寺で男子変成の祈祷(きとう)をしたと伝えられます。

境内に子安観音があります。

男子変成:変成男子(へんじょうなんし)によります。

福厳寺 本尊 木造 釈迦如来坐像の写真です。木造 釈迦如来坐像

福厳寺の本尊 釈迦如来坐像は、15世紀ごろ
(室町時代)の作です。

法量は、像高:52.5cm、
膝張り:40.2cm、坐奥:37.3cm、
光背総高:93.5cmです。

釈迦如来坐像は、本堂中央の須弥壇(しゅみだん)上に
座しています。本体は檜材寄木造り、表面黒漆塗りで、
眼には玉顔が入れられています。

足利市教育委員会 より抜粋

福厳寺 布袋尊像の写真です。布袋尊像

<福厳寺 基本情報>

正式名称 多宝山 福厳寺
(ふくごんじ)
七福神 布袋尊<福徳円満・家内安全>
所在地 〒326-0816
足利市緑町一丁目3270
電話 0284-21-6990
アクセス・八雲神社から 240m 徒歩3分
アクセス・その他 JR足利駅:車5分 徒歩25分
東武足利市駅:車7分 徒歩20分
北関東自動車道 足利IC:15分
北関東自動車道 太田桐生IC:15分
東北自動車道 佐野藤岡IC:50分
駐車場 あり(無料)

<福厳寺 参拝スタンプ>

福厳寺 御朱印の写真です。福厳寺 御朱印
布袋尊

布袋尊は、他の6人の神と異なり、ただ一人、
中国・唐の時代に実存した僧侶です。

おおらかな笑顔、何もこだわらない楽天的な
生き方が、当時の禅僧をはじめ、人々に
「至福」の象徴と受け入れられたそうです。

笑門来福、夫婦円満、子宝の神として
信仰されています。

参拝スタンプが置かれた本堂の写真です。
参拝スタンプが置かれた本堂

本堂内に置かれた「参拝スタンプ」の写真です。本堂内に用意された「参拝スタンプ」

布袋尊スタンプは、本堂の須弥壇の
左隣の部屋に用意されていました。

参拝者に対する、あまりにも丁寧なお心遣いに、
言葉にならないほど、感激しました。

福厳寺 布袋尊像の写真です。布袋尊像

 

福厳寺 子安観世音菩薩像の写真です。子安観世音菩薩像

<民話 『福厳寺の子安観音さま』>

『足利の民話』山本倶子(やまもと みなこ)著 随想舎より

足利公園の入り口のところに福厳寺というお寺があります。
ここに、子安観音さまが祀られています。高さ約十センチの
子どもを抱いた銀の立像です。

この観音さまにこれからお話しする伝説があります。

源姓足利氏二代目の義兼(よしかね)さまの頃のことですから、
今から八百年以上も前のことになります。(後略)

たいへん興味深い民話が紹介されていました。

福厳寺 救世観音菩薩像の写真です。救世観音菩薩像

<福厳寺 子安観世音菩薩堂>

常念寺(次にめぐる寺)の西隣には、
福厳寺 子安観世音菩薩堂があります。

常念寺の隣から登る石段の写真です。常念寺の隣から登る石段

 

福厳寺 子安観世音菩薩堂の写真です。福厳寺 子安観世音菩薩堂

 

福厳寺 子安観世音菩薩像の写真です。福厳寺 子安観世音菩薩像

足利七福神めぐり: ⑪【常念寺】

常念寺の看板の写真です。常念寺入り口の看板

 

常念寺本堂の写真です。
常念寺本堂

常念寺 本堂の扁額の写真です。本堂の扁額

 

常念寺は、平安末期、康治2年(1143)
の創建と伝えられ、時宗の宗祖 一遍上人の
法孫遊行中、荒廃した寺の再建に尽力されました。

本堂は、昭和61年に新築され、布教活動の場として
面目を一新しました。

すぐれた仏像の中に、仏法護持の毘沙門天が、
威風堂々のお姿で祀られ、足利市内の反映を
守護しています。

財宝福徳、子孫繁栄を授け、北門の守り神です。
本堂の厨子には、素戔嗚尊(すさののみこと)、
稲田姫命(くしなだひめみこ)御神像二体があります。

スリランカの仏舎利奉安の寺です。
毎年、8月16日 大施餓鬼を厳修します。

施餓鬼(せがき):餓鬼道で苦しむ衆生に、食事を施して
供養することで、特定の先祖への供養でなく、
広く一切の諸精霊に対して修されます。

<常念寺 基本情報>

正式名称 称名山 常念寺
(じょうねんじ)
七福神 毘沙門天<除災招福・心願成就>
所在地 〒326-0814
足利市通七丁目3094
電話 0284-21-2016
アクセス・福厳寺から 410m 徒歩5分
アクセス・その他 JR足利駅:車5分 徒歩23分
東武足利市駅:車5分 徒歩24分
北関東自動車道 足利IC:15分
北関東自動車道 太田桐生IC:20分
東北自動車道 佐野藤岡IC:50分
駐車場 あり(無料)

<常念寺 参拝スタンプ>

常念寺 参拝記念スタンプの写真です。参拝記念スタンプ

参拝スタンプは、本堂入り口にあります。

毘沙門天

四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれ、
甲胃を身に着け、武将の姿で勇ましい顔を
しています。

除災招福・心願成就の神とされ、江戸時代以降は、
勝負事にも、ご利益ありと崇められています。

常念寺 毘沙門天像の写真です。。毘沙門天像

 

常念寺 参拝スタンプとスイッチの写真です。参拝スタンプとスイッチ

スタンプの隣に、押しボタンがあり、
ボタンを押すと、本堂内の祭壇に灯りが点ります。

 毘沙門天は、ガラス越しに拝見できます。

常念寺 鐘楼の写真です。鐘楼

 

常念寺 一遍上人の像の写真です。一遍上人の像

 

常念寺 馬頭観音像の写真です。馬頭観音像 

足利七福神めぐり: ⑫【足利公園 八雲神社駐車場】

福厳字を示す道標の写真です。足利公園 八雲神社駐車場 草雲美術館へ

常念寺から、再び「足利公園 八雲神社駐車場」に
徒歩で戻りましょう、

常念寺から駐車場までの距離は、560m、徒歩7分です。

足利公園 八雲神社駐車場に置いた車を素通りして、
今度は、南に進み「足利公園入り口」に向かいます。

足利公園 八雲神社駐車場の写真です。足利公園 八雲神社駐車場

 

足利公園の写真です。足利公園入り口

足利七福神めぐり: ⑬【草雲美術館】

足利公園内の道標の写真です。足利公園内の道標

足利公園の入り口を進むと、突き当たりに
道標があります。

右折すると、「足利公園古墳」
(市指定重要文化財)

直進すると、「田崎草雲旧宅・草雲美術館」
(市指定重要文化財)

足利公園のY字路の写真です4。足利公園のY字路

Y字路を左に直進すると、草雲美術館の駐車場に
着きます。

草雲美術館の入り口の写真です。草雲美術館の入り口

 

草雲美術館 門の扁額の写真です。草雲美術館 門の扁額 白石山房(はくせきさんぼう)

 

田崎草雲美術館の写真です。田崎草雲(たざきそううん)美術館

田崎草雲美術館は、鈴木栄太郎氏の寄付により、
草雲ゆかりの地、白石山房内に建設され、
昭和44年5月に開館しました。

幕末から明治にかけて活躍した田崎草雲の
遺作・遺品を収集・保存し、一般に公開しています。

館内には展示室のほか、胃品質・応接室などがあります。

庭園には、草雲が生前暮らしていた『白石山房』
と呼ばれる萱(かや)葺き住宅が残され、
その隣には、茶室と画室があります。

<草雲美術館 基本情報>

正式名称 田崎草雲 草雲美術館
(そううんびじゅつかん)
文化財 足利市指定重要文化財
所在地 〒326-0816
足利市緑町2丁目3768
電話 0284-21-3808
甘藍時間 午前9時~午後4時
入館料 個人(一般・高校生):220円
団体(20人以上):170円
中学生以下 :無料
休館日 毎週月曜日 国民の祝日(休日)の翌日 年末年始(12月29日~1月3日)
館内整理日
● 館内整理日は、展示替えなどを行うため展示計画によって不定期に変わります。
● 詳しい日時については、お問い合わせください。
アクセス・八雲神社から 340m 徒歩4分
アクセス JR足利駅:タクシー10分
東武足利市駅:タクシー10分
北関東自動車道 足利IC:20分
北関東自動車道 太田桐生IC:20分
東北自動車道 佐野藤岡IC:30分
駐車場 草雲美術館駐車場 乗用車:約10台
足利公園 八雲神社駐車場(同上)

<画室・茶室のご利用案内>

使用時間 午前9時~午後4時
(草雲美術館 開館日に限ります)
使用料 画室 午前9時~正午まで   :2,420円
午後1時~午後4時まで:3,300円
    茶室 午後1時~午後4時まで:2,420円

<「冬の草雲 雪」展覧会>

<冨嶽図>

草雲 冨嶽図の写真です。冨嶽図(ふがくず)

栃木県指定文化財 絹本墨画
154.0×154.0cm 明治27年(1894)

『冨嶽図』は円形の絹本に富士を描いた大福で、
草雲八〇歳の時に描いた代表作の一つです。

元々織物同業組合貴賓室に円窓額の体裁で
飾られていました。

墨の濃淡と筆使いだけで山肌と残雪、立ち登る
雲煙を描き分け、観るものを圧倒するほどの
存在感をかもし出しています。栃木県指定文化財。

本図は、アメリカのシカゴ市において開催された
万国博覧会に出品され、名誉大賞牌を受賞した

「富士睛色図(THE TOP OF FUJISAN)」
(東京国立博物館収蔵)と同じ構図、大きさで、
二年後に描かれました。

受賞作品が画面の一部を棄損(きそん)する
輸送中の事故にあったためといわれます。

輸送中の棄損:当時、作品は船便で搬送されたため、
カビが発生してしまいました。

絹本墨画(けんぽんぼくが):絹に墨で描く。

<鶴と虎>

草雲美術館 鶴と虎の写真です。鶴と虎

絹本著色 仙客蟠桃図(せんきゃくばんとうず)
紙本墨画 虎の図(とらのず)

絹本著色(けんぽんちゃくしょく):絹に着色。
紙本墨画(しほんぼくが):紙に墨で描かれた絵。

<鶴亀図>

草雲美術館 鶴と亀の写真です。鶴亀図(つるかめず) 絹本著色

本図は亀を草雲が描き、鶴を弟子の小室翠雲
(こむろすいうん)が描いていますが、同時期に
作画されたものではありません、

亀は明治28年(1895)、層雲81歳。鶴は大正9年
(1920)、翠雲46歳と分かります。後年になって、
子弟合作となったたいへん面白い作品といえます。

<草雲美術館 庭園>

草雲の居宅 白石山房の写真です。草雲の居宅 白石山房

草雲美術館の東隣に、草雲がかつて住んでいた
居宅があります。晩年は、足腰の衰えのため、
画室で制作を行っていました。

草雲 画室の写真です。草雲 画室

 

草雲 茶室の写真です。草雲 茶室

<美術館の入館記念スタンプ>

草雲美術館 入館記念スタンプの写真です。草雲美術館 入館記念スタンプ

「大地のめぐみ」
草雲美術館の入り口に置かれたスタンプ。

「草雲」とありますが、この印材は、たぶん、
アカザの根でしょう。思わぬ出会いに感動!

 篆刻の作者をスタップにお尋ねしましたが、
不明でした。おそらく、「遊印」(ゆういん)
で、我が恩師「小林信雄」先生の作品でしょう。

「遊印」については、
渡良瀬橋の水彩画と岡本太郎さんが見に来た「遊印」作品集
を御覧ください。

草雲美術館から、足利公園八雲神社駐車場に
もどります。駐車場までは、来た道を引き返します。

草雲美術館から、340m、徒歩4分です。

足利七福神めぐり: ⑭【足利公園 八雲神社駐車場】

福厳字を示す道標の写真です。足利公園八雲神社駐車場の道標

「世の中を牛と思うなうしろより
馬より早き汽車がかけ来る」草雲

再び、足利公園 八雲神社駐車場に戻ります。

今度は、最終地「長林寺」に、車で向かいましょう。
目的地までは、1.1km、車で3分です。

足利七福神めぐり: ⑮【長林寺】

長林寺 駐車場の写真です。長林寺 駐車場

 

長林寺 参道と山門の写真です。長林寺 参道と山門

 

長林寺 山門の扁額の写真です。長林寺 山門の扁額

 

長林寺 本堂の写真です。長林寺 本堂

 

長林寺 本堂の扁額の写真です。長林寺 本堂の扁額

長林寺は、室町時代の文安5年(1448)
足利長尾氏の初代影人の創建によるもので、
大見禅竜禅師が開山し、長雲寺と称しました。

のちの享徳2年(1453)竜沢山長林寺と
現在の名に改めました。

長尾氏代々の菩提寺となり、寺運も隆盛しましたが、
戦国時代末期、小田原北条家に付いた足利長尾氏は、
小田原の陣で、北条家没落と命運を共にしました。

そのため、長林寺も一時衰微しますが、元和元年(1615)に
再建され、さらに元禄年間(1688~1704)に別格地となり、
明治維新まで多くの僧侶の道場となりました。

長林寺由緒書より、一部引用

朝雲寺:勧農城(岩井山)の麓(ふもと)にありました。
岩井山については、

「渡良瀬橋」と「渡良瀬川」に架かる12の橋

14 渡良瀬川に架からない【岩井橋】の神社
を御覧ください。

<長林寺 基本情報>

正式名称 大祥山 長林寺
(だいしょうざんちょうりんじ)
七福神 福録寿尊<幸福・富貴・長寿>
所在地 〒326-0817
足利市西宮町2884
電話 0284-21-5636
アクセス・足利公園 八雲神社駐車場から 1.1km 車3分
アクセス JR足利駅:車5分 徒歩15分
東武足利市駅:車5分 徒歩15分
北関東自動車道 足利IC:15分
東北自動車道佐野藤岡IC:50分
駐車場 あり(無料)

<長林寺 参拝スタンプ>

長林寺 参拝記念スタンプの写真です長林寺 参拝記念スタンプ

福録寿尊のお堂の前に、設置されています。

福禄寿

長い頭、長いあごひげ、大きな耳たぶを持ち、
年齢は、数千歳と言われています。

鴨を伴い経巻(きょうかん)を結んだ杖をついているのが
特徴です。

幸福と富貴、長寿を兼ね備えた招徳人望の神とされています。

<福禄寿>

長林寺 福禄寿尊堂の写真です。長林寺 福禄寿尊堂

お堂の右側に、参拝スタンプがあります。

長林寺 福禄寿尊像の写真です。長林寺 福禄寿尊像

 

長林寺 仏足石の写真です。長林寺 仏足石

本堂前にある仏足石です。

仏足石は、お釈迦さまの足跡の彫刻で、
釈迦如来を象徴的に表現したものです。
足に手を触れ、親しくお詣りください。

仏足石の碑文 より

長林寺 狛犬の写真です。長林寺 狛犬

左前足で、小さな狛犬をおさえています。

長林寺 狛犬の写真です。長林寺 狛犬

右前足で、玉をおさえています。

社寺にある狛犬をよく見ると、いろいろです。

角がある狛犬もいますね。

長林寺大日如来坐像の写真です。長林寺大日如来坐像(足利市重要文化財)

 

長林寺大日如来坐像の由緒の写真です。大日如来坐像の由緒

 

長林寺 田崎草雲墓所の写真です。田崎草雲墓所(市史跡)

 

長林寺 田崎草雲の墓石の写真です。長林寺 田崎草雲の墓石

 

長林寺 足利長尾氏の墓所の写真です。足利長尾氏の墓所(市史跡)

 

長林寺 長尾氏歴代墓所名の写真です。長林寺 長尾氏歴代墓所名

 

長林寺 長尾氏歴代墓所の由緒の写真です。長尾氏歴代墓所の由緒

 

長林寺山門前のスイレン池の写真です。山門前のスイレン池

長林寺山門前のスイレン池です。

池をはさんで、左に進むと山門前へ、
右に向かうと駐車場に着きます。

 最後まで御覧いただき、ありがとうございました。

 

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