野外活動

足利七福神めぐり「自転車東:4時間コース」

徳蔵寺 三面大黒天の写真です。

<運動不足を解消するために!>

足利の街並をゆったりと!
「足利七福神めぐり 自転車東コース」を
御紹介します。

行程は、24.45km(太平記館起点)
自転車約4時間コースです。

(参拝時間:各社寺10分、
 太平記館周辺の散策60分を含みます)

まずは、みなさんのお声から・・・。

「足利市の東部へは、
 フラワーパークしか行ったことがない」

「効率よくめぐりたいけど、どんな順路がいいの?」

そんな、あなたのお悩み解決のために、
少しでも、お応えできることを目指します。

家に帰ってから、神社仏閣の由緒をよく読むと、
「大切なところを見逃していた!」なんてことは、
筆者もよくあることです。

そんなわけで、歴史と自然豊かな足利市を
よりいっそう楽しんでいただくため、
お出かけ前に、当ブログを御覧いただき、
下調べの代りとして御活用くだされば幸いです。

この記事の目次

【足利七福神めぐりのパンフレット】

* 太平記館のインフォメーションで入手できます。
* 2022年1月「あし・ナビ」でも入手できました。

七福神のパンフレットの写真です。
足利七福神のパンフレット(表面)

各社寺の概要(一覧表:まとめ記事)は、
足利七福神めぐり【まとめ】19の社寺と4つのモデルコース
を御覧ください。

七福神のルートマップの写真です。足利七福神のルートマップ(裏面)

出典・引用:一般社団法人 足利市観光協会
『足利七福神めぐり』より

[一般社団法人 足利市観光協会] 〒326-0053 栃木県足利市伊勢町3丁目6-4
TEL:0284-43-3000 FAX:0284-43-3333

御覧のように、足利市観光協会の『足利七福神めぐり』には、
足利市内18の社寺が紹介されています。

まるで、遠足の栞(しおり)のように、コンパクトで、
楽しくて、わくわくするパンフレットになっていますね。

足利七福神めぐり モデル4コース>

1 「徒歩コース」(足利市HPで紹介のモデルコース:約3時間)
2 「自転車コース」(西の足利七福神めぐり:約5時間)
3 「自転車コース」(東の足利七福神めぐり:約4時間)
4 「徒歩と自動車コース」(旧跡の散策も!:約1日)

 本稿の御案内は、3 「自転車東コース」です。
* 行程表(起点:太平記館)

 太平記館 ⇒ ① 伊勢神社 ⇒ ② 竜泉寺 ⇒ ③ 萬福寺 ⇒
④ 寺岡山元三大師 ⇒ ⑤ 正善寺 ⇒ ⑥ 徳蔵寺 ⇒ ⑦ 長林寺 ⇒  太平記館

順路 場 所 七福神名
(距離・時間)
太平記館 起点:スタート
350m・2分
伊勢神社 寿老人
1.5km・6分
竜泉寺 布袋尊
2.7km・11分
萬福寺 恵比寿神
6.4km・26分
寺岡山元三大師 毘沙門天
6.1km・24分
正善寺 弁財天
900m・4分
徳蔵寺 三面大黒天
4.7km・19分
長林寺 福禄寿
1.8km・8分
太平記館 終点:ゴール

<レンタサイクルの御案内>

レンタサイクルは、足利観光交流館「あし・ナビ」と、
「太平記館」で借りられます。(相互、乗り捨て可)

七福神めぐりは、徒歩で廻るのが基本とされていますが、
社寺が広範囲にわたるため、「太平記館」「あし・ナビ」での
レンタサイクル、もしくはお車での御訪問をお勧めいたします。

項 目        内       容
貸出・減却場所 太平記館 :伊勢町3丁目6-4 TEL0284-40-1570
あし・ナビ:東武足利市駅構内 TEL0284-73-3631
受付時間 9:00~16:00
料 金 普通自転車  3時間 400円~
電動アシスト 3時間 600円~
特記事項 貸し出し時には、身分証明書(免許証、保険証などをご提示ください。

* レンタサイクル利用の詳細は、
渡良瀬橋ブログ「資料集」自然いっぱいコーナー!
2 【足利 レンタサイクル利用規約】
を御覧ください。

「あし・ナビ」「太平記館」の詳細は、
足利市観光拠点【まとめ】4施設の特色:大公開!
を御覧ください。

足利七福神めぐり 起点:【太平記館】

太平記館の写真です。太平記館

 

足利太平記館内の写真です。お土産コーナー

 

太平記館の概要

所在地:足利市伊勢町3-6-4
電 話:0284-43-3000
営業時間:9:00~17:00
休業:12月29日~12月31日
商 品:和菓子、洋菓子、スイーツ、ファンシーグッズ等
ランチ:~1000円
レンタサイクル:3時間400円、1日1200円(電動あり)

太平記館までのルート>は、
足利市駅から行く「太平記館」と「足利学校」
を御覧ください。

JR足利駅からのルート>は、
「渡良瀬橋」車椅子や徒歩で安全に楽しむルートを画像で紹介
【JR足利駅】●⑴北口から「渡良瀬橋・歌碑」ルート
を御覧ください。

* 太平記館内の「多機能トイレ」は、レジを右手側にして進み、
突き当たりにあります。

足利七福神めぐり: ①【伊勢神社】

伊勢神社の鳥居の写真です。伊勢神社の鳥居

 

伊勢神社内宮の写真です。
伊勢神社内宮

伊勢神社の祭壇の写真です。。伊勢神社の祭壇
伊勢神社 由緒沿革の写真です。伊勢神社 御由緒

<伊勢神社の由緒沿革について>
* 境内の御由緒書は、「途中かすれて読めない部分が
ある」との御指摘もありましたので、
以下に抜粋して示します。

当神社は、社伝によると、足利庄伊勢宮として、
皇祖天照皇大神(あまてらすすめのおおかみ)を

奉斎して鎮祭され、新田、足利両家の尊崇を受け、

鎌倉時代には源氏、殊(こと)に足利氏、尊氏、
持氏、成氏等累代や衆生の人々が連綿と崇敬され、
足利尊氏の父貞氏の文書によれば、

鑁阿寺の東南にある伊勢宮の勧請は、足利家の
武運を祈るためのものであり、先例に任せ
怠慢なきようとのしじがあり、この伊勢宮に

由来するものと考えられる。それは古く平安時代の
仁平元年(1151)の創建と伝えられる。

1845年に社殿を復興造営して、以来1881年、
1906年に社殿の再興を行い、1913年には足利町民が
挙って、伊勢神宮御用材の「お木曳行事」に斎行して、
御社殿などを造営した。

奉斎(ほうさい):神仏などを慎んでまつること。

鎮祭(ちんさい):諸神をまつり、その土地を
しずめ固めるための祭儀。また、それを行うこと。

挙って(こぞって):関係者がそろって、一斉に。

お木曳行事(おきひきぎょうじ):伊勢神宮の式年遷宮で、
御用材を両宮の宮域に運搬する行事。

斎行(さいこう):お祭りや祈祷(きとう)を行うこと。

<伊勢神社 基本情報>

正式名称 伊勢神社
(いせじんじゃ)
七福神 寿老人<五穀豊穣・幸福長寿>
所在地 〒326-0053
足利市伊勢町2-3-1
電話 0284-41-5347
アクセス・太平記館から 350m 自転車2分
アクセス・その他 JR足利駅:車2分
東武足利市駅:車10分
北関東自動車道 足利IC:12分
駐車場 無料(15台)
特記事項 オリジナル御朱印帳。直書きのみお渡し可。

<伊勢神社 御朱印>

伊勢神社の御朱印の写真です。 伊勢神社の御朱印の写真です。
伊勢神社の御朱印の写真です。伊勢神社の御朱印

 

寿老人の写真です。寿老人
寿老人

にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物をくくり付けた杖、亀を手にのせた姿でも
知られています。

巻物は、人名の長寿をしるし、亀は長寿を司る使者と
されています。

延命長寿、福徳円満の神とされています。

七福神の写真です。伊勢神社境内の七福神

境内の小さな社には、恵比寿、大黒天、布袋尊などの
七福神が鎮座しています。

伊勢神社 参拝祈念スタンプの写真です。伊勢神社 参拝記念スタンプ

 

境内の手水舎の写真です。手水舎

 

絵馬かけ場の写真です。絵馬かけ場

伊勢神社 外宮(豊受皇大神)

外宮に向かう参道の写真です。外宮に向かう鳥居と参道

 

外宮の写真です。外宮

外宮には、豊受皇大神(とようけのおおかみ)が
祀られています。

伊勢神社 月讀宮(月讀命)

月讀宮の鳥居の写真です。月讀宮の鳥居

 

月讀宮の写真です。月讀宮

月讀宮(つきよみのみや)の御祭神は、
月讀命(つきよみのみこと)で、天照大御神の
弟神:月を読む神です。

 月の満ち欠けは、生命の誕生に深く関わっている
ことから、子授け・安産・運(ツキ)気上昇の神と
されています。

伊勢神社の破魔矢の写真です。伊勢神社の破魔矢

伊勢神社には、オリジナル御朱印帳も用意されています。

まちなかのコンパクトな神社で、私たち市民にとっても、
たいへん親しみ深い神社です。

足利七福神めぐり: ②【竜泉寺】

竜泉寺表門の写真です。竜泉寺 表門(山門:仁王門)

 

竜泉寺表門の提灯の写真です。竜泉寺 表門の提灯

 

金剛力士像 阿形の写真です。表門の金剛力士像 阿形

 

金剛力士像 吽形の写真です。表門の金剛力士像 吽形

戦前の『足利音頭』一節に、

♬ だれに見しょとて十七島田
元三大師の初もうで
春が来ました機場はたばの街に
小唄まじりのオサの音 ♬

* 島田:島田
まげ

* オサ:経糸を整え、緯糸を打ち込む機織具

竜泉寺本堂の扁額の写真です。竜泉寺 本堂の扁額(へんがく)

 

竜泉寺本堂の写真です。竜泉寺 本堂

1月3日は、元三大師の例祭で、
名物のダルマ市が開かれます。

竜泉寺観音堂の扁額の写真です。竜泉寺 観音堂の扁額

 

竜泉寺観音堂の写真です。竜泉寺 観音堂

表門を通り、参道を直進すると観音堂があり、
その右手側に、本堂があります。

当寺は、元久2年(1205)3月の開創であり、
権現堂と称し比叡山の末直寺です。

開山は、叡海地蔵上人様であり、

足利厄除大師(あしかがやくよけだいし)として、
近郷近在の多くの人々の信仰をあつめています。

叡海地蔵上人は、紀州那智(和歌山県)の人で、
諸国の霊場巡礼を行っていました。

巡礼中、此の地(下野国足利郡)に霊感を感得し、
一堂を建立して熊野権現を勧請し安置しました。
これが権現堂の由来となりました。

時に上人御年66歳、翌年元久3年、上人は
当地において入寂(にゅうじゃく)しました。

室町幕府時代の末までは足利氏の帰依が厚く、
特に第14代将軍足利義栄は当寺に、
福聚(じゅ)山心性教院竜泉寺の号を定め、

命により永禄11年、天台座主 ニ品応胤親王
(にほんおういんしんのう)より比叡山戒心谷の
永大末寺に定められ、

末寺十八寺を擁(よう)する地方の本寺格となった。

桃山時代に入り、足利城主長尾担馬守顕長は、
当時の霊山を厚く帰依信仰し、館林に楞嚴寺、及び
薬師12神将を寄進しました。

しかし、長尾家滅びし後、当山も衰退し、江戸正徳の頃、
当山の元三大師(厄除け大師)を再興し、
厄除けの守護仏として、その名を近郷近在に知られました。

元旦より2月3日は、大祭を就行します。

* 擁(よう)する:だきかかえる、いだく、所有する。

* 寺格(じかく):勅願寺・祈願時・門跡(もんぜき)寺院、
また、本山・別院・末寺などの類。

* 仏教寺院の寺格制度:一宗派の中心となって統轄する本寺、
(→本山)と、それに付属する寺院である末寺により構成
される重層的な制度および制度をいう。

<竜泉寺 基本情報>

正式名称 福聚山 竜泉寺
(ふくじゅさん りゅうせんじ)
七福神 布袋尊<開運・良縁・無病息災>
所在地 〒326-0044
足利市助戸1丁目652
電話 0284-41-5685
アクセス・伊勢神社から 1.5km 自転車6分
アクセス・その他 JR足利駅:徒歩20分
東武足利市駅:徒歩30分
北関東自動車道 足利IC:10分
北関東自動車道太田桐生IC:25分
東北自動車道 佐野藤岡IC:20分
駐車場 無料(表門前):100台
特記事項 オリジナル御朱印帳。

<竜泉寺 御朱印>

竜泉寺 布袋尊御朱印の写真です。竜泉寺 布袋尊の御朱印
布袋尊

布袋尊は、他の6人の神と異なり、ただ一人、
中国・唐の時代に実存した僧侶です。

おおらかな笑顔、何もこだわらない楽天的な
生き方が、当時の禅僧をはじめ、人々に
「至福」の象徴と受け入れられたそうです。

笑門来福、夫婦円満、子宝の神として
信仰されています。

<竜泉寺 境内>

竜泉寺いぼとり地蔵の写真です。いぼとり地蔵

竜泉寺の表門(山門:仁王門)から境内に入ると、
すぐ左手側に、いぼとり地蔵が鎮座しています。

竜泉寺 長寿健康観世音菩薩の写真です。長寿健康観世音菩薩

御神木(楠:くすの木)がある観音堂の前に、
長寿健康観世音菩薩が鎮座しています。

楠の西の広場では、正月に櫓(やぐら)が建ち、
「ガラマキ」が行われます。

昔、近所の友だちと、この広場で野球をして、
和尚さんに叱られたことが、今ではなつかしく
思い出されます。

(カミングアウト:筆者は、竜泉寺保育園の
○十年前の卒園生です)

竜泉寺は、関東三十三観音霊場:第二十四番札所と
されています。

竜泉寺 伝教大師尊像の写真です。伝教大師尊像

観音堂と本堂の間に、伝教大師尊像が鎮座しています。

天台宗の開祖、総本山比叡山を開かれた伝教大師は、
最澄上人様(766年~822年)であり、「悪事は己に向かえ、
好事は他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」

「一隅を照らす、是即ち国宝なり」と、人の道をさとられました。

すばらしい御言葉ですね。

仏教の慈悲は、キリスト教のアガペー(Agape)と似ています。

竜泉寺 鐘楼の写真です。鐘楼(しょうろう(

鐘楼の東側に、竜泉寺保育園があります。

竜泉寺 十三仏霊場の写真です。十三仏霊場

樹齢150年の藤棚の下には。十三仏霊場があります。
昔、この霊場ができる前は、針供養塔がありました。

<竜泉寺 本堂>

不滅の法燈と釈迦如来坐像の写真です。不滅の法燈と釈迦如来坐像

不滅の法燈
天台宗を開かれた「伝教大師様」が、
今から1200年の昔、比叡山根本中堂の
薬師如来の御宝前に

「明らけく、後の仏の御世までも、
光伝えよ法の灯しび」

と、御心を込められて点灯された尊火です。

この灯しびは、私たちに明るい知恵に満ちた
人生と平和を願い転用され、油断のない人生を
送ることの大切さを論された尊火であり、

昭和60年3月30日、比叡山延暦寺第253代
天台座主猊(げい)下より、

日本で第8番目に竜泉寺に分灯され、
厄除け大師御宝前に御安置され、あかあかと
灯されています。

* 猊(げい):仏のすわる座、高僧の座、狻猊(さんげい)、
獅子のことなどの意味をもつ漢字。

竜泉寺 元三大師坐像の写真です。元三大師坐像

中央に、元三大師坐像、左に大黒天、
右に不動明王が安置されています。

 元三大師(912年~985年)は名を良源、
大師号を慈恵大師と言いました。

「厄除け」「おみくじ」等は、お大師様が
創始者であり、俗に元三大師と言われるのは、
正月三日に亡くなられたからです。

 当山に安置されている元三大師様は、
「足利厄除け大師様」として親しまれ、

古くから近郷近在の多くの人々の信仰を
集めています。

 正月一日から七日にかけて大祭が開催され、
「縁起ガラマキ式」「富くじ」「ダルマ市」等で
たいへんにぎわっています。

 正月以降も随時祈願を受け付けています。

竜泉寺 水子観音菩薩の写真です。水子観音菩薩

「父に慈恩あり、母に悲御あり」
「人のこの世に生まれるは、父母をえにしとせり、
 父あらざれば生まれず、母あらざれば育てられず」

と。この世に生命を受けながら、きずなを断った
我が子の供養を致しましょう。

* 慈恩:いつくしみぶかい恩、厚い情け。
* 悲恩:身をもって我が子を抱きしめ守る母性愛。

竜泉寺 聖観音菩薩の写真です。聖観音菩薩

 

竜泉寺 角大師の写真です。
竜泉寺 門札(かどふだ)の写真です。門札 元三大師御影(角大師)

門札(かどふだ)は、比叡山中興の祖として仰がれた
慈恵大師良源(じえだいしりょうげん:元三大師)さまの
お姿です。

平安時代、国内に疫病が蔓延し、その病がお大師さまをも
襲った時、自らの体内に疫病を封じ込め、夜叉(やしゃ)の
姿となって疫病を退治しました。

その時鏡に写った姿は、骨ばかりの鬼のようでした。
そのお姿を写しとり角大師(つのだいし)と呼びました。

その姿を置くところ、疫病や災難から守り、福を授くと
いわれます。

なお、このお札は、玄関など御家の出入り口に貼り付け、
一年間お祀りください。

なんとありがたいお札でしょうか。コロナが蔓延する昨今、
足利厄除け大師竜泉寺では、「一日も早い疫病の終息と皆様の
健康安全」が祈念されています。

<竜泉寺 美術館>

竜泉寺美術館の扁額の写真です。竜泉寺美術館の表札

竜泉寺美術館は、本堂の地下にあり、
本堂入り口の右側より入館します。

地下室には、美術館の他に、茶室「華照庵」が
併設されています。

竜泉寺 茶室「華照庵」の写真です。茶室「華照庵」

竜泉寺美術館は、2005年に開山800年の
記念行事として、美術展覧会を開催して以来、
大型連休の3日間のみ展示会をしていました。

その活動に対して常設展示の希望があがり、
美術館は改装されました。

現在では、俵屋宗建、伊藤若冲、横山大観、
川合玉堂などの絵画や書、仏像を常時展示する他、
様々な企画展が開催されています。

営業時間 火曜日~祝日:10時~16時
最終受付:15時30分
休館日 月曜日(企画展開催期間を除く)
入館料 展覧会ごとに設定
その他 「竜泉寺美術館友の会」会員募集中
入会得点:入館年間フリーパス
(但し、企画展を除く)
竜泉寺 十二神将立像の写真です。十二神将立像

 

竜泉寺 十二神将立像の写真です。十二神将立像

十二神将立像は、江戸時代の作です。
私たちの生まれ年である十二支の守護仏です。

それぞれの動物のお姿を頭上に戴(いただ)き、
常日頃、私たちを守ってくださる仏様です。

竜泉寺 薬師如来坐像の写真です。平安仏薬師如来坐像

薬師如来坐像は、平安時代の作です。
左手には、藥壺(くすりつぼ)を持ち、
右手の平は参拝者に向いたお姿。

心にあったお藥を差し伸べてくださる仏様です。

竜泉寺 棟方志功「華厳」の写真です。棟方志功「華厳」

鑑定登録番号第シヨ214号
1949年1月18日書 (志功49歳の書)

竜泉寺 濱田庄司の花瓶の写真です。濱田庄司「飴釉白流花瓶」

大花瓶は、高さ61.5cm・胴回りの直径が
59.0cmあり、一人で移動することが困難なほど
重量があります。

濱田庄司の母校である東京府立一中創立50周年記念に
制作した作品の中の一点です。
70歳頃の作品と思われます。

* 飴釉(あめゆう):鉄分を含んだ釉薬(うわぐすり)
焼き上がりは光沢のある黄褐色(飴色)となります。

竜泉寺 伊藤若冲の双幅の写真です。伊藤若冲「庭鳥双幅」

米斗翁七十八歳画

落款(らっかん)には「米斗翁七十八歳画」とあります。

天明八年(1788)の京都大火で焼き出された若冲は、
深草石峯寺門前に隠居し、絵一枚を米一斗(銀六匁)
として収入を得たことから「米斗翁」の名を用いました。

そのほか斗米庵(とべいあん)、心遠館(しんえんかん)
錦街居士とも号しました。

写実と想像を巧みに融合させた「奇想の画家」
として曾我蕭白(しょうはく)、長沢芦雪(ろせつ)と
並び称されています。

* 石峯時(せきほうじ):京都市伏見区深草寺山町にある
黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院。

竜泉寺 円山応挙「幽居雲齋図」の写真です。円山応挙「幽居雲齋図」

円山四条派の祖 円山応挙「幽居雲齋図」
川合玉堂、山元春擧箱

三井記念館所蔵 国宝 円山応挙「雪松図屏風」
と同じ技法を使って描かれています。

18世紀の京画壇に君臨した円山応挙の最高傑作
国宝 『雪松図屏風』は、応挙作品の中でも
傑作中の傑作として名高い作です。

本作品は、その雪松図屏風と近い技法を使って、
描かれた作品です。

足利市内の美術館については、
足利市内の美術館 おすすめ5選【まとめ】刀剣乱舞「山姥切国広」他

を御覧ください。

足利七福神めぐり: ③【萬福寺】

萬福寺参道の写真です。萬福寺 参道

<萬福寺 本堂>

萬福寺扁額の写真です。萬福寺 扁額

 

萬福寺本堂の写真です。萬福寺 本堂

時宗大沼田山金蓮院萬福寺は、七百年以上の歴史ある寺院で、
古墳群が散在する大沼田町大坊山麓の地に在ります。

昔、大沼山萬福寺と称し、後に大沼田山萬福寺となりました。

かつては、大沼田全域を一箇寺の大きな寺院でしたが。
世代の移り変わりと共に、現在に至ります。

萬福寺 基本情報>

正式名称 時宗大沼田山金蓮院萬福寺
(じしゅう おおぬまたやま きんれんいん まんぷくじ)
七福神 恵比寿神<除災招福・商売繁盛>
所在地 〒326-0011
足利市大沼田町1436
電話
FAX
0284-91-0251
0284-91-0435
アクセス・竜泉寺から 2.7km 自転車11分
アクセス・その他 JR足利駅:車13分 徒歩56分
東武足利市駅:車17分 徒歩70分
北関東自動車道 足利IC:13分
駐車場 無料
料金 志納料:300円(1面)
特記事項 御朱印は、1面~6面まで対応可能。
最初の参拝の祭は、阿弥陀如来様の御朱印、2回目胃以降は佛様を選べます。
* 対応日は、SNS(インスタグラム、ツイッター)で予告します。
* 予約は不可です。

<萬福寺 御朱印>

萬福寺 恵比寿神の御朱印の写真です。恵比寿神の御朱印
恵比寿神

七福神の中で、唯一日本出身の神です。

人々に福と安全を授ける守護神、
商売繁盛や漁業、除災招福の神として、
信仰と人気を集めています。

ふくよかな笑顔(えびす顔)が特徴です。

<萬福寺 境内>

萬福寺 阿弥陀如来像と念仏小僧の写真です。阿弥陀如来像と念仏小僧

参道入り口の阿弥陀如来立像(右)と、
念仏小僧(左)です。

萬福寺 聖観音菩薩像の写真です。聖観音菩薩像

 

萬福寺 子育て・安産地蔵尊の写真です。子育て・安産地蔵尊

 

萬福寺 十三印塔の写真です。十三印塔

 

萬福寺 六地蔵尊の写真です。です。六地蔵尊

萬福寺は、本堂に向かう参道の両側に、
諸仏が鎮座しています。

霊験あらたかな、大坊山のふところに抱かれた
自然豊かな寺院です。

足利七福神めぐり: ④【寺岡山元三大師】

寺岡山元三大師の山門の写真です。
寺岡山元三大師 山門

 

寺岡山元三大師 山門の扁額の写真です。寺岡山元三大師 山門の扁額

 

寺岡山元三大師の参道の写真です。寺岡山元三大師 参道

寺岡山元三大師が繁栄を極めていたのは
昭和初期の頃でした。

なんと、両毛線に臨時列車が運行され、
富田駅から寺までのトテ馬車が走り、
参道には、多くの露天商が建ち並びました。

そして、寺の前の河原には、
サーカス小屋なであったそうです。

<寺岡山元三大師 本堂>

寺岡山元三大師本堂の扁額の写真です。寺岡山元三大師 本堂の扁額

 

寺岡山元三大師の本堂の写真です。寺岡山元三大師 本堂

当山の正式名称は、寺岡山施藥院(せやくいん)
薬師寺です。

寺伝によると、聖徳太子の命によって建立され、
「下野八薬師」と称されていたと伝えられています。

江戸時代、崇保院宮前天台座主(ざす)
准三后一品公寛法親王が上野東叡山寛永寺
(輪王寺門跡第六世門主)をされていた時、

足利市寺岡町出生の亀田庄左衛門則重公が、
永年身命を賭(と)しての忠節を認められ

【日本に三幅しか現存しない】元三慈恵大師尊影御真筆を
拝領しました。

その後、尊影御真筆を寺岡山施藥院薬師寺に
奉納するに至り、以来、寺岡山薬師寺は
寺岡山元三大師として厄除け・商売繁盛の
祈願寺として、江戸の人々の信仰を受けました。

檀家をとらず、祈願寺のみの寺院として歩んできた
経緯には、当時の栄華と信仰の顕れが伺えます。

<寺岡山元三大師 基本情報>

正式名称 施藥院薬師寺
(せやくいん やくしじ)
寺岡山元三大師
(てらおかさん がんざんだいし)
七福神 毘沙門天<開運厄除・家内安全>
所在地 〒329-4213
足利市寺岡町871
電話
FAX
0284-91-3236
0284-91-3441
アクセス・萬福寺から 6.4km 自転車26分
アクセス・その他 JR富田駅:徒歩19分
東武足利市駅:車25分 徒歩120分
北関東自動車道 足利IC:20分
駐車場 500台 (無料)
拝観・開館時間 御朱印授与 9:00~16:00(1月のみ~17:00)
料金 志納料:反面300円
見開き:500円
特記事項 土日も含め御朱印対応可能。(平日仏滅はお休みとなります)
基本的に書置きをお渡ししています。
元三大師の御朱印のほか、七福神毘沙門天や不動明王・如意輪観音・文殊菩薩ばどの御朱印もあります。

施薬院:貧しい病人に薬を与え療養させる施設。

聖徳太子が仏教の慈悲の思想に基づき、その地に
薬草を栽培し、けがや病気で苦しむ人を救うために
四天王寺内に作ったと言われる施設。

如意輪観音:「如意」とは、意のままに智慧や財宝、
福徳をもたらす如意宝珠という宝の珠。
「輪」は、煩悩を打ち砕く法輪。

寺岡山元三大師 本堂の須弥壇の写真です。
本堂の須弥壇

本堂の須弥壇には、如意輪観世音菩薩、不動明王、
出世三面大黒天などが安置されています。

寺岡山元三大師 如意輪観世音菩薩の写真です。如意輪観世音菩薩

 

寺岡山元三大師 不動明王の写真です。不動明王

 

寺岡山元三大師 三面出世大黒天の写真です。
出世三面大黒天:大黒天・毘沙門天(左)・弁財天(右)
出世三面大黒天は、豊臣秀吉公が三面大黒天に誓い、
出世し天下人となったことから、出生三面大黒天と
呼ばれるようになりました。

<寺岡山元三大師 御朱印>

寺岡山元三大師の御朱印の写真です。寺岡山元三大師の御朱印
寺岡山元三大師の御朱印の写真です。御朱印

寺岡山元三大師には、元三大師、毘沙門天、
文殊菩薩、不動明王など、数多くの御朱印が
頂けます。(毘沙門天は品切れ:4.1.12現在)

<寺岡山元三大師 境内>

<十二支八体仏>

寺岡山元三大師 八体仏の写真です。十二支八体仏

金文字で書かれたこの御朱印は、
十二支八体仏のものです。
(有名なライターによるものだそうです)

毘沙門天

四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれ、
甲胃を身に着け、武将の姿で勇ましい顔を
しています。

除災招福・心願成就の神とされ、江戸時代以降は、
勝負事にも、ご利益ありと崇められています。

<手水舎>

寺岡山元三大師 手水舎の写真です。手水舎

参道の石段を上ると、手水舎があります。
龍の口から、水が出ています。

寺岡山元三大師 手水舎の龍の写真です。手水舎の龍

<夢観音>

寺岡山元三大師 夢観音の写真です。夢観音

本堂の相向かいに鎮座する夢観音です。
夢観音に、夢を切願すると叶えてくださると
伝えられています。

<薬師堂>

寺岡山元三大師 薬師堂の写真です。薬師堂(瑠璃光殿)

本堂の左隣にある薬師堂です。
薬師堂には、御本尊の薬師如来像が安置されています。

寺岡山元三大師は、寺の通称で、祈願の祭の御本尊で、
薬師如来とは別の存在になっています。

<如意輪観世音菩薩>

寺岡山元三大師 如意輪観世音菩薩の写真です。如意輪観世音菩薩

如意輪観世音菩薩は、薬師堂の左隣に鎮座しています。

<結縁石(けちえんいし)>

寺岡山元三大師 結縁石の写真です。結縁石(けちえんいし)

昔から縁ある人とは、赤い糸で結ばれている
といわれます。
また、雛(ひな)はたまごからかえるのです。

この結縁石は、それを表しております。

どうぞ元三大師さまとのご縁により、
すべての良い縁が成就いたしますように
ご祈願しております。

結縁石の色 結べる縁
金色 金財運
白色 仕事運
桃色 恋愛運
緑色 健康運
黄色 家庭運」

赤い卵形の御神体にある「五縁」の中で、
お願いしたい色の縁をなでながら、
ゆっくりと心の中でお願いしてください。

なでている画像などは、お守りの代わりと
なりますので、大切に保存してください。

<三十三身豆大師>

寺岡山元三大師 豆大師の写真です。三十三身豆大師

如意輪観世音菩薩の右隣には、豆大師が、
整然と鎮座しています。

元三大師の御朱印にも記されている角大師とともに、
豆大師の護符はたいへん有名です。

<いじめ除観音>

寺岡山元三大師 いじめ除け観音堂の写真です。いじめ除け観世音菩薩

 

寺岡山元三大師 いじめ除け観音堂の扁額の写真です。いじめ除け観音堂の扁額

 

寺岡山元三大師 いじめ除け観世音菩薩の写真です。いじめ除け観世音菩薩

関東地区では初めての、すべてのいじめを除ける
観音様です。
(昭和58年、九州・鹿児島の西牟田美津氏より寄進)

<招魂塔>

寺岡山元三大師 招魂塔の写真です。招魂塔

明治39年1月建立
富田、吾妻地区のに日露戦争における英霊供養塔

<水子地蔵尊>

寺岡山元三大師 水子地蔵尊の写真です、水子地蔵尊

岡崎山古墳、第2号墳の石室内に安置。
水子、有縁、無縁、三界、萬霊の供養に
お詣りください。

足利七福神めぐり: ⑤【正善寺】

正善寺 山門の写真です。
正善寺 山門

 

正善寺 正善寺 山門の写真です。正善寺 山門と扁額

<正善寺 本堂>

正善寺 本堂の扁額の写真です。
本堂の扁額

正善寺 本堂の写真です。正善寺 本堂

本堂は、尊影権大僧都 延亭二年(1745)寂
によって建立。当時のご本尊は、釈迦如来立像。

昭和46年、本堂の屋根の葺き替えと庫裡の建立。

昭和51年、日光山輪王寺より定朝(じょうちょう)
様式の「阿弥陀如来坐像」を譲り受け、
新しく当寺のご本尊として安置。

昭和53年、鐘楼堂落慶 鋳匠は人間国宝
香取正彦氏の弟子で、足利の鴇田力氏。
(銅は戦艦陸奥に使われていたもの)

昭和56年、日光山より「弁財天」を勧請(かんじょう)
正善寺古墳の石室に奉安。

平成16年、「常見不動尊」奉安。

お寺が前方後円墳の上に建てられており、
石室から観音像が出土されています。
古墳は6世紀のもので、歴史的価値の高いものです。

僧都(そうず):僧官である僧網の一つ。
僧正に次いで僧侶を統轄するもの。
大僧都、権大僧都、少僧都、権少僧都の
四階級があった。

僧網(そうごう):日本における仏教の
僧尼を管理するためにおかれた僧官の職。

僧正(そうじょう):僧綱の最上位。

正善寺 鐘楼の写真です。鐘楼

<正善寺 基本情報>

正式名称 明星山 神楽院 正善寺
(みょうじょうざん かぐらいん
 しょうぜんじ)
七福神 弁財天<技芸上達・開運招福>
所在地 〒326-0022
足利市常見町1-12-15
電話
FAX
0284-41-4555
アクセス・寺岡山元三大師から 6.1km 自転車24分
アクセス・その他 JR足利駅:車8分 徒歩40分
東武足利市駅:車10分 徒歩50分
東武和泉駅:徒歩42分
東武福居駅:徒歩44分
北関東自動車道 足利IC:15分
駐車場 あり(無料)
料金 志納料:お気持ちをお納めください。
特記事項 直書きのみお渡し可。
ご住職不在の場合は対応できないため、事前確認がおすすめ。

正善寺 本堂の須弥壇の写真です。
本堂の須弥壇

正善寺の御本尊様(中央)阿弥陀如来坐像
馬頭観世音菩薩(左)、千手観世音菩薩(右)

正善寺 阿弥陀如来坐像の写真です。正善寺 本尊「阿弥陀如来坐像」

正善寺の阿弥陀如来は、昭和51年に日光山輪王寺より
勘請(かんじょう)された仏像です。

身の丈約1メートル、当時、奈良博物館の館長、
石田茂作氏の鑑定による書簡では、

鎌倉中期の制作とされ、日本で最初の仏師とされる
定朝様式(じょうちょうようしき)の阿弥陀如来と
されています。

一番の特徴はその「肉髻(にくけい)」で、
通常は頭上のやや前にみえるかたちであるのが
ほとんどです。

正善寺の御本尊の肉髻は、頭頂におかれていて、
その相は国内でも珍しいとされています。

また、光背も放射状に描かれており、阿弥陀来迎図
にあるそのままの姿を表しています。

* 勧請(かんじょう):神仏の分身・分霊を他の地に
移して祭ること。

* 肉髻(にくけい):髪を中央から左右に分けて、
両耳のあたりで輪に束ねた上代の成人男子の
髪の結い方。

* 髻(もとどり):髪を頭の上で束ねたものあどの
意味をもつ漢字。

* 定朝(じょうちょう)様式:平安時代の仏師「定朝」
にはじまる和様の仏像彫刻様式。
作風は、平明で静的・絵画的な様式。

* 阿弥陀来迎図(らいごうず):阿弥陀仏が、極楽への
往生を願う人の臨終に際して、
その人のもとへ来迎するさまを描いた図。

<正善寺 御朱印>

正善寺 阿弥陀如来の御朱印の写真です。弥陀如来の御朱印

 

正善寺 弁財天の御朱印の写真です。弁財天の御朱印
弁財天

弁財天は、七福神の中で唯一の女神です。

元は、インドの水の神と崇拝されていましたが、
川のせせらぎが奏でる音色から、音楽の女神とも
呼ばれています。

そのため、広く技芸、文芸などの才能をもたらす神と
なりました。現在は、福徳財宝を授ける神としても
信仰されています。

<正善寺 境内>

正善寺 石仏の写真です。
正善寺 馬頭観世音菩薩の写真です。馬頭観世音菩薩

 

正善寺 鐘楼の前の地蔵尊の写真です。鐘楼の前の地蔵尊

 

正善寺 山門前にある六地蔵尊の写真です。山門前にある六地蔵尊

 

正善寺 善道寺型灯籠の写真です。善導寺型灯籠

六時層様の西側に、重厚感がありながら、
しかも優しい面立ちの燈篭が印象的でした。

昔、正善寺のある足利市常見町のあき地で、
土器のかけら拾いをして遊びました。

当時、縄目のついた土器のかけらや、
黒曜石で作られた矢尻などを見つけては、
友達と歓声を上げて喜んだことを覚えています。

足利七福神めぐり: ⑥【徳蔵寺】

徳蔵寺 山門の写真です。徳蔵寺 山門

 

徳蔵寺 本堂の扁額の写真です」。本堂の扁額

 

徳蔵寺 本堂の写真です。徳蔵寺 本堂

当寺は、平安朝末の開創と伝えられています。

境内には、4つの文化財が保有されており、
特に「五百羅漢尊」が有名で、
日本三大五百羅漢尊の1つとなっています。

また、「千庚申塔」は県の民族重要文化財、
「かな地蔵尊」は県の有形重要文化財です。

そして、「愛染明王像」は平安末期、
慈覚大師円仁の作と伝えられ、市指定の
文化財になっています。

<徳蔵寺 基本情報>

正式名称・通称 乾坤山 東燿光院 徳蔵寺
(けんこんざん とうようこういんとくぞうじ)
ピンポン寺
七福神 三面大黒天<五穀豊穣・諸願成就>
所在地 〒326-0023
足利市猿田町9-3
電話 0284-41-8621
アクセス・正善寺から 900m 自転車4分
アクセス・その他 JR足利駅:車7分 徒歩35分
東武足利市駅:車12分 徒歩40分
東北自動車道 佐野藤岡IC:35分
北関東自動車道 足利IC:15分
北関東自動車道 太田桐生IC:25分
駐車場 あり(無料)
特記事項
(住職の一言より抜粋)
ピンポン寺:お互いにピンポン玉のように、心を行ったり来たりさせ、人々が会話をはずませ、楽しめるような開放された皆様の寺として歩んできました。

<徳蔵寺 本堂>

徳蔵寺 本堂の須弥壇の写真です。徳蔵寺 本堂の須弥壇

御本尊は、阿弥陀如来(中央)、観音勢至菩薩、
不動明王、愛染明王尊、魚籃観音、七福神、
三面大黒天、釈迦涅槃図などが奉安されています。

徳蔵寺 阿弥陀如来の写真です。阿弥陀如来

 

徳蔵寺 観音勢至菩薩の写真です。観音勢至菩薩

 

徳蔵寺 魚籃観音の写真です。魚籃観音(ぎょらんかんのん)

 

徳蔵寺 愛染明王の写真です。愛染明王

 

徳蔵寺 三面大黒天の写真です。三面大黒天

<徳蔵寺 御朱印>

徳蔵寺 阿弥陀如来の御朱印の写真です。阿弥陀如来の御朱印

 

徳蔵寺 大黒天の御朱印の写真です。大黒天の御朱印
大黒天

福徳や財宝を与える福の神として、祀られています。
米俵(こめだわら)の上に立ち、右手に打ち出の小槌、
左肩に大きな袋を背負った優しい笑顔の神様です。

大国主命(おおくにぬしのみこと)と神仏習合したもの
と言われています。

<徳蔵寺 4つの文化財>

<五百羅漢堂>

徳蔵寺 五百羅漢堂の写真です。五百羅漢堂 1棟 (栃木県指定有形文化財・昭和43年3月12日指定)

五百羅漢堂は、文化10年(1813)に建立されました。

構造は、漆喰塗り土蔵方形造り、瓦葺き平屋建てで、
中には、栃木県有形文化財に指定されている513軀(く)が
安置されています。

ピラミッド型に作られた台に10段を設け、
その最上段に、阿弥陀如来坐像、観世音菩薩立像、
勢至菩薩立像が一体ずつ安置されています。そして、段の角10段に、釈迦10大弟子立像が10体、
28cm一本造りの五百羅漢坐像が500体並んでいます。

<五百羅漢尊>

徳蔵寺 五百羅漢尊の写真です。五百羅漢尊 513軀(く) (栃木県指定有形文化財・昭和43年3月12日指定)

ピラミッド型に設けられた台は黒塗りで、
尊像は漆塗りです。また、その上に金泥が施され、
顔、胸、腕には金粉がかけられています。

尊像は、いずれも一本造りで、眼は彫眼です。

五百羅漢尊は、日本でも珍しく、鎌倉「建長寺」、
九州那馬渓の「羅漢寺」とともに、日本三大五百羅漢尊と
称せられています。

羅漢:古代インド語であるサンスクリット(梵語)による、
「アルハット」の書訳「阿羅漢」の略。
漢語の字義に移せば、応供、真人の意味、人々の供養尊敬を
受けるに値する聖人、「悟りを得た人」。

<かな地蔵尊>

徳蔵寺 かな地蔵尊の写真です。かな地蔵尊 1基 (栃木県指定有形文化財・昭和44年10月11日指定)

高さ90.0cm、幅45.0~50.0cm、厚さ
30.0cm 南北朝時代

安山岩製で、隅丸長方形状のやや扁平な石の
前面と側面を平らにし、前面中央上部には、
種字(しゅじ)の「イ」、下の方には、
「天開和尚嘉慶二戊辰三月十七日」と
刻まれています。

本石碑は「かな地蔵尊」と呼ばれていますが、
刻まれた梵字がイロハの「イ」字であることに
由来していると考えられます。

もとは嘉慶(かけい)2年(1388)に没した
天開和尚のために建てられた、
供養塔とも考えられます。

その後、天開和尚の徳を慕う人々によって、
「医王地蔵の碑」として信仰を集めてきました。

梵字は、藥研彫りによって刻まれていますが、
制作年代の特徴をよく表しており、全体的に
調和がとれています。

また、中世の墓石としても異色のものであり、
銘文から制作年代も明らかとなる貴重な資料です。

* 種字(しゅじ):「梵字」一文字で阿弥陀如来や
観音菩薩などを表したもの。「文字の素」の意味。

* 薬研彫り(やげんぼり):墓石に文字を刻む祭の
刻み方の一つ。文字の凹みがV字になっている彫り方。

<千庚申堂>

徳蔵寺 千庚申塔堂の写真です。千庚申堂

千庚申塔が安置されている庚申堂です。

<千庚申塔>

徳蔵寺 千庚申塔の写真です。千庚申塔 1基(栃木県指定民族文化財・昭和52年2月15日指定)

高さ262cm、五層からなります。上層部は、
青面金剛二童子(しょうめんこんごうにどうし)に、
日、月や鬼衆(おにしゅう)を配置し浮き彫りとして
います。

中央の部分は、「庚申」の文字を千個、
びっしりと彫り込まれており、下層部は
三猿(さんさる)や鶏(にわとり)の浮き彫りと
銘文が刻まれています。

下層部の銘文から、長真勝(ちょうまさかつ)が、
浅草寺別当代の渕海(えんかい)に依頼し、寛政12年
(1800)庚申12月に建立したことがわかります。

建立年代、建立者が明らかであり、塔の保存状態が
良好であること、彫刻が優れていることから
貴重な文化財です。

* 別当:僧官の一つ。東大寺などの大寺に置かれ、
網の上位にあり、一山の寺務を総括したもの。
別当代は、その代理。

 

<愛染堂 愛染明王>

徳蔵寺 愛染堂の写真です。愛染堂

 

徳蔵寺 愛染明王坐像の写真です。愛染明王像 付厨子(ずし) 1軀 (足利市指定重要文化財・昭和61年3月13日指定)

愛染明王坐像は、平安末期における日本一の高僧、
慈覚大師円仁の作と伝えられています。

明王像は、古来より人間の「愛の浄化」をもって、
多くの人々の悩みを救済します。

また、染色工芸の技術開発と商工業の発展に関して
顕著な功徳があると伝えられ、関東をはじめ各所から
多数の信仰者を集めています。

そして、堂奥には、愛を誓う「愛染かつら」の木があり、
縁結びの木として有名です。

* 映画『愛染かつら』の主題歌『旅の夜風』
作詞:西條八十 作曲:万城目正

<徳蔵寺 境内>

徳蔵寺 鐘楼の写真です。鐘楼

 

徳蔵寺 十二支八体仏の写真です。十二支八体仏

 

徳蔵寺 手水舎の写真です。手水舎

 

徳蔵寺 ハス池の橋の写真です。ハス池の橋

 

徳蔵寺 ハスの葉の形をした飛び石の写真です。ハスの葉の形をした飛び石

ハス池の周辺には、手水舎や
「一休さん」像などがあり、
穏やかな雰囲気を感じることができます。

徳蔵寺 「一休さん」像の写真です。「一休さん」像

 

徳蔵寺 石仏の写真です。石仏の会話

今にも話し声が聞こえてきそうですね。

境内は、ピンポン寺の名にふさわしい、
心の通い合う空間が広がっていました。

徳蔵寺 石庭の写真です。石庭

いつ訪れても、きれいに整えられた庭です。

そして、本堂の前には、「おたすけ観音」や、
「傳教大師御尊」が優しい面持ちで鎮座しています。

<徳蔵寺と茶室「物外軒」>

足利市指定文化財に指定されている
茶室「物外軒」(足利市通6丁目3165)は、
明治初年、現在の足利市猿田町にありました。

茶室「物外軒」は、長四郎三の邸宅にあり、
後に、現在の場所に移設されました。

徳蔵寺には、長四郎三の墓所があります。
住職さんが特別に、墓所まで案内してくださいました。
(公開していないとのことでしたので、
本稿では御案内のみといたします)

茶室「物外軒」については、
足利文化財公開!茶室「物外軒」と庭園に行こう!
を御覧ください。

足利七福神めぐり: ⑦【長林寺】

長林寺の山門の写真です。長林寺 山門(足利市指定有形文化財)

 

長林寺 山門の扁額の写真です。長林寺 山門の扁額

 

<長林寺 本堂>

長林寺本堂の写真です。長林寺 本堂

 

長林寺本堂の扁額の写真です。長林寺 本堂の扁額

長林寺は、室町時代の文安5年(1448)
足利長尾氏の初代影人の創建によるもので、
大見禅竜禅師が開山し、長雲寺と称しました。

のちの享徳2年(1453)竜沢山長林寺と
現在の名に改めました。

長尾氏代々の菩提寺となり、寺運も隆盛しましたが、
戦国時代末期、小田原北条家に付いた足利長尾氏は、
小田原の陣で、北条家没落と命運を共にしました。

そのため、長林寺も一時衰微しますが、
元和元年(1615)に再建され、
さらに元禄年間(1688~1704)に別格地となり、
明治維新まで多くの僧侶の道場となりました。

長林寺由緒書より(抜粋)

朝雲寺:勧農城(かんのうじょう:岩井山)の
麓(ふもと)にありました。

岩井山については、
「渡良瀬橋」と「渡良瀬川」に架かる12の橋
14 渡良瀬川に架からない【岩井橋】の神社
を御覧ください。

<長林寺 基本情報>

正式名称 大祥山長林寺
(だいしょうざんちょうりんじ)
七福神 福録寿尊<幸福・富貴・長寿 >
所在地 〒326-0817
足利市西宮町2884
電話 0284-21-5636
アクセス・徳蔵寺から 4.7km 自転車19分
アクセス・その他 JR足利駅:車5分 徒歩15分
東武足利市駅:車5分 徒歩15分
北関東自動車道 足利IC:15分
東北自動車道佐野藤岡IC:50分
(駐車場) 数台あり(無料)

<長林寺 参拝スタンプ>

参拝スタンプの写真です。参拝スタンプ

福録寿尊のお堂の前に、設置されています。

福禄寿

長い頭、長いあごひげ、
大きな耳たぶを持ち、年齢は、数千歳と言われています。

鴨を伴い経巻(きょうかん)を結んだ杖をついているのが
特徴です。

幸福と富貴、長寿を兼ね備えた招徳人望の神とされています。

<長林寺 境内>

<福禄寿>

福禄寿のお堂の写真です。福禄寿のお堂

 お堂の右側に、参拝スタンプがあります。

福禄寿尊の写真です。福禄寿尊

 

<仏足石>

仏足石の写真です。仏足石

本堂前にある仏足石です。

仏足石は、お釈迦さまの足跡の彫刻で、
釈迦如来を象徴的に表現したものです。
足に手を触れ、親しくお詣りください。

仏足石の碑文 より

長林寺の石仏の写真です。

<大日如来坐像>

長林寺 大日如来坐像の写真です。大日如来坐像(足利市重要文化財)

 

長林寺大日如来坐像の由緒の写真です。大日如来坐像の由緒

<田崎草雲 墓所>

長林寺 田崎草雲墓所の写真です。田崎草雲墓所(市史跡)

田崎草雲の詳細については、
栃木県足利市の「田崎草雲美術館」へ行こう!

「渡良瀬橋」⇒「八雲神社」⇒「草雲美術館」徒歩ルート
を御覧ください。

<足利長尾氏 歴代墓所>

長林寺 足利長尾氏の墓所の写真です。足利長尾氏の墓所(市史跡)

 

長林寺 長尾氏歴代墓所の由緒の写真です。長尾氏歴代墓所の由緒

足利長尾氏墓所の関連記事については、
足利七福神めぐり「徒歩最短:3時間コース」
3 足利七福神めぐり:①【心通院】
●<大圓山 心通院 境内>
を御覧ください。

長林寺山門前のスイレン池の写真です。

山門前のスイレン池 長林寺山門前のスイレン池です。
木々の紅葉と、スイレン・・・、
とてもいい雰囲気でした。

<長林寺⇒太平記館>
 長林寺から、太平記館までの距離は、1.8kmです。
所要時間は、自転車で約8分です。

お気をつけてお帰りください。

最後まで御覧いただき、ありがとうございました。

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