創作活動

渡良瀬橋の水彩画と岡本太郎さんが見に来た「遊印」作品集

竹やアカザの切り株の切り株で作られた「遊印」の写真です。

 いったい、「遊印」とは、何でしょう?

 それは、作者:小林信雄氏によると、
「竹の根やアカザの切り株を印材とし、
 それに、自由な感覚で篆刻(てんこく)
したもの」だそうです。

 つまり、自由気ままに、
楽しく遊ぶハンコを彫る と、
いうことなんです。

岡本太郎さんのエピソード

* 当時、岡本太郎さん、
足利市の作者の自宅に着くやいなや、、

    「もう、帰ろうよ!」

 東京から車に乗ってこられたので、
ずいぶんお疲れだったんでしょうね。

(いかにも、太郎さんらしい名言)

水彩画「渡良瀬橋」と「遊印」の巡り合わせ

竹の根を印材とした印影の写真です。
 この印は、
足利スケッチ散策「渡良瀬橋の夕日」
 長島喜一氏 水彩画 (ジグレー版画)の
裏に押されていました。

「綿絵汗橋の夕日」画家 長島喜一氏の作品です。

 長島稔さん(喜一氏の長男)からも
お聞きしていました。

 確かにありました、版画の裏側に・・・。

 印影は、竹の根の形をしていますね。
そして、右から「長島」と印されています。

 この形を見て、つい、なつかしくなり、
投稿することにしました。

 当ブログの「ヘッダー画像」については、

【プロフィール】を御覧ください。

「遊印」の一部を御紹介

竹の根で作られた印。「迎喜」とある写真です。
「遊印」の作者は、県立高校の校長だった
故 小林信雄氏です。

 雅号を「草竹」と、していました。

 上に示した印は、「迎喜」と彫られています。
いかにも小林先生らしい、
ポジティブな言葉の作品です。

ねずみ年の「子」の印の写真です。
 これは、アカザの切り株を乾燥させて
印材とし、篆刻したものです。

 十二支のはじめの「子年」の「子」を
表しています。

「丑年」の印で「もう春だ」と印されている写真です。
 これは、「丑年」の印ですが、
とてもユーモラスなデザインです。

 「モー春だ」と読み取れますね。

 この印材は、真竹の根を乾燥させて
仕上げられています。

「寅年」の印で「寅」と印された写真です。
 「寅年」の印です。

 この印材を見てもわかりますが、
竹の根の形にも、こだわって作られています。

 単に丸くなく、楕円形を好んで選別されています。

「辰年」の「辰」を印した印の写真です。
 一つ飛ばして、「辰年」の「辰」です。

 この「十二支」シリーズは、たぶん、
全部揃え持っている人は、数少ないでしょう。

 なぜなら、年末に、先生が自宅まで
わざわざ、届けてくださっていたからです。
(たまに、もらい損ねていたようです・・・)

 画家 長島喜一氏も、
全部は揃えられなかったようです。

 先生は、相田みつを氏とも、
交流がありました。

「午年」の「馬」(篆書体)と印された印の写真です。
 「午年」の「馬」の篆書体です。

 ちょうど、印の形が「ひづめ」のようで、
面白いですね。

 それより、先生、「馬」の印、二つの代わりに、
「卯年」と「巳年」をくださいな・・・。

「未年」の「羊」の顔のような印の写真です。
 なんだか、羊の顔のようですね。

 この印材も、しぶくていい感じです。

 真竹の根といっても様々です。

 「特に、アスファルト(道路の舗装)などにも負けず、
その下を伸びていこうとする根が、とてもいい」

 と、先生はよくおっしゃっていました。

 だから、楕円形になるんですね。

「申年」の「申」を印した印の写真です。
 「申年」の「申」ですね。

 竹根の特徴であるくぼみの位置が、
よく生かされています。

 特に、枯れかけた根は、独特の色合いを
にじませてくれるようです。

「酉年」の「酉」を印した印の写真です。
 「酉年」の「酉」の印ですが、
3つもありました。

 さすが、それぞれが手作りのため、
同じ形はありません。

 「酉」の位置に注目です。
左右になっているところも、趣がありますね。

「戌年」の平仮名「いぬ」をデザインした印の写真です。
 「戌年」の「いぬ」です。

 平仮名で表現されています。

 犬の顔と尾の部分が、なんとも可愛く
表現されていますね。

 先生は、犬が好きだったんですね。

松葉と「和」が印された印の写真です。
 縁起のいい松の葉と、
「和」を組み合わせた印です。

 穏やかな感じの印ですね。

 先生は、「竹は、厳しい風雪にも耐え、
なお、しなやかだ。
そんな竹の株元で作られた、
尺八の音色は、すばらしい!」

 と、口にされていました。

 雅号を「草竹」とされたことが
よく感じられますね。

「こころ」と平仮名で印された印の写真です。
 ダルマの形が連想させる印です。

「こころ」、この言葉も、
先生が好きだった一つでした。

「赤いりんご」の印の写真です。
 「リンゴ」の印です。

 朱色に魅せられて、赤いリンゴをイメージ
されたのでしょうね。

「花」の印、2本の写真です。
 「花」の印です。

 字体の雰囲気が少し違っています。

 また、「夢」という印もよく作られていました。

 ここまで御覧いただくと、「遊印」の意味が
御理解いただけたのではないでしょうか。

 先生は、前述の詩人であり書家だった相田みつお氏や、
岡本太郎氏、漫画家の水森亜土さん、
女優の八千草薫さんたちとも、
交流を深めておられました。

遊印以外の作品紹介

 最後に、先生がよく作ってくれたユニークな
作品を二つ紹介します。

茄子の枝を乾燥させて作った「ツボ押し」の写真です。
 この不思議な人形? は、何でしょう。

 これは、茄子の枝で作った「ツボ押し」です。

 その一つ一つに、心を込めた言葉が
添えられています。

 その一つに、

「気 こころは○く 命・・・・し」

 と、いう言葉が記されています。

 「心、穏やかに生きよ、さすれば命永し」

 と、いう意味なんでしょうね。

 お年寄りの方々に、この「ツボ押し」を
プレゼントされておられました。

黒竹の筆の写真です。
 これは、「黒竹の筆」です。
「川面になびく竹の根は、最高の筆になる」とも・・・。

 先生は、木槌(きづち)で、
丹念に竹の繊維をほぐして、
作ってくれた筆です。

 未だに、もったいなくて、
一度も使うことはできません。

「遊印」の起源

 小林信雄先生が、印を作り出す契機となったのは、
先生が、かつて野球部の部長をなさっていた頃。

 聴覚障害のある、野球部生徒の努力を称え、
賞状を授与することになりました。

 しかし、その際に、賞状に押す学校印の使用が
許可されませんでした。

 そのため先生は、自分で印を作成し、
授与したのが「遊印」作りの初めとなったのでした。

「印鑑無用論」が叫ばれる今日、

 ここに、心あたたまるエピソードがひとつ、
印されていることを、語り継ぎたいと感じました。

遊印の作者「先生の本」

先生が出版した書籍の写真です。「近藤徳太郎」 小林信雄 著

 

近藤徳太郎氏の写真です。足利織物産業の啓発者 近藤徳太郎氏

(こんどう とくたろう:1856~1920)
足利商工会議所 友愛会館
<足利まちあるきミュージアム> より

 文末で、たいへん恐縮ですが、
小林先生が執筆された本を御紹介しました。

 この書籍は、先生が御退職の時に出版され、
私も一刷いただきました。

 最後まで御覧くださり、ありがとうございました。

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