神楽の里と神社:足利の伝統文化と不思議な伝説に出逢う案内記
足利市の重要文化財に指定されている神楽の里と、神楽が奉納されている神社を訪ね、そこにまつわる文化と伝説に出逢う案内記です。
本稿では今回、大原神社太々神楽、足利雷電神社大和流神代神楽、南大町宮比請神楽、樺崎八幡宮太々神楽、彦也神楽、大山祇神社太々神楽をとりあげています。
そして、大原神社の御案内の中では、足利市や近隣の社寺に伝わるちょっと怖い「平将門伝説」や、芋森(いものもり)神明宮の「石芋伝説」などについても併せて御紹介しておりますので、ぜひお楽しみください。
目次
【神楽の里と神社:足利の伝統文化と不思議な伝説に出逢う案内記】
下野國一社八幡宮:奉納神楽「天狗の舞」<大原神社太々神楽の里と神社>
大原神社太々御神楽保存会<大原神社太々神楽保存会:奉納日・場所>
* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 4月 (第1日曜日) | 三崎稲荷神社(例大祭) |
| 4月 (第3日曜日) 11:00~15:00 |
大原神社(春季例大祭) |
| 10月( 第3日曜日) 11:00~15:00 |
大原神社(秋季例大祭) |
| 12月31日 23;00頃~夜明け |
大原神社(宵神楽) |
<三崎稲荷神社>
| 神楽保存会名 | 奉納神社名 | 奉納日時 |
|---|---|---|
| 大原神社太々神楽保存会 | 三崎稲荷神社 | 4月 (第1日曜日) |
三崎稲荷神社御神楽(大和流渋井派)
御神楽の起源は正確には分かりませんが、江戸時代に遡るとされています。
大和流とは日本古来の神楽という意味で、また渋井派とは現在の佐野市赤見町に住んでいたとされる渋井新太郎という人が、明治初年頃に伝授したことからきています。舞の種類は「天児屋根命の舞」ほか十一座あり、日本神話を題材にとったもので、農作業、漁撈、あるいは鍛冶や屋などの手工業の所作を交えて舞われます。
三崎稲荷神社で4月の第1日曜日に奉納されています。
三崎稲荷神社:神楽殿
三崎稲荷神社| 名 称 | 三崎稲荷神社 (みさきいなりじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 主祭神 | 宇賀廼御魂命(ウカノミタマノカミ) 猿田彦神(サルタヒコノカミ) 大宮姫神(オオミヤヒメノカミ) |
| 足利市重要文化財 (民族文化財) |
三崎神社の絵馬(十二面) |
三崎稲荷神社由緒遠隔
主祭神 宇賀廼御魂命 大宮姫神 猿田彦神
当社は、享保7年(1722)、寺内昌貞(後、丸山に改姓)が江戸小石川の三崎稲荷大明神を遷座したもので領主の土井氏は開運三崎稲荷大明神と称して、歴代篤く崇敬しました。
天保3年(1832)、土井利幸より境内付山林一町歩を免租地とされ、同6年、領主の泰聞によって正一位の宗源宣旨を賜りました。
拝殿の絵馬は狩野派の絵師によるものを含め十一点が足利市指定重要文化財となっています。
<三崎神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0845 足利市大前町1369 |
|---|---|
| アクセス | JR両毛線 山前駅 徒歩25分(2㎞) 小俣駅 徒歩34分(2.7㎞) |
三崎稲荷神社:社殿
三崎稲荷神社:神額「三崎稲荷大明神」<三崎稲荷神社:境内>
三崎稲荷神社:手水舎<社殿前のお稲荷様>
社殿前に鎮座する「お稲荷さん」は、神様のお使い(眷族・けんぞく)ですね。
くわえている巻物は、仏典です。
- 御神木の名札:御神木
- 御神木:樅(もみ)木
御神木の前に立てられた名表には、「樅(もみ)木 30メートル 樹齢三百年」と記されていました。
- 境内社:稲荷神社
- 境内社:若宮八幡宮
- 境内改修工事記念碑
三崎稲荷神社から臨む風景社殿東側の広場から臨む町並みです。
三崎稲荷神社:神楽殿社殿東側の広場から見る神楽殿、とても趣のある光景でした。
<大原神社>
大原神社・神楽殿| 神楽保存会名 | 奉納神社名 | 奉納日時 |
|---|---|---|
| 大原神社大々神楽保存会 | 大原神社 春季例大祭 |
4月 (第3日曜日) 11:00~15:00 |
| 〃 | 大原神社 秋季例大祭 |
10月( 第3日曜日) 11:00~15:00 |
| 〃 | 大原神社 宵神楽 |
12月31日 23;00頃~夜明け |
大原神社・大前村修堤之碑:1900年建碑 高さ219㎝ 幅155~180㎝
大原神社| 名 称 | 大原神社 (おおはらじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 郷社 |
| 通 称 | 大原様 |
| 主祭神 | 天兒屋命(アメノコヤネノミコト) 経津主命(フツヌシノカミ) 武甕槌命(タケミカヅチノミコト) 比売神(ヒメノカミ) |
| 合 祀 | 伊那美命(イザナミノミコト) 軻遇突智命(カグツチノミコト) 大日孁貴神(オオヒルメノムチノカミ) (天照大神の別称) 水波女命(ミズハノメノミコト) 宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ) 素盞鳴命(スサノオノミコト) 菅原道真(スガワラミチザネ) 誉田別命(ホンダワケノミコト) |
| 境内社 | 八坂神社(背後に雨降り石) 織姫神社 |
| 創 建 | 永承6年(1051) |
| 創始者 | 日本武尊(ヤマトタケル) |
| 足利市重要文化財 (民族文化財) |
御神楽(大和流渋井派) 大前村修堤之碑 |
| 伝 説 | 飛んで来た幣束 平将門将門伝説 |
大原神社
永承6年(1051)の春、白いものが現在の神社に舞い降り、村人が調べるとこの白いものが大原野神社の御幣だということが分かりました。
そして、村人たちの手によってお宮が建てられ、台山から大原野神社を遷座したという言い伝えが残っています。
<三崎神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0845 足利市大前町1402 |
|---|---|
| 電 話 | 0284-62-2371 |
| アクセス | JR両毛線 山前駅 徒歩28分 |
| 駐車場 | 正面鳥居の右側 |
大原神社:二の鳥居と社殿
大原神社の鳥居と社殿二の鳥居の先、社殿前に江戸流れ狛犬(大正12年)が鎮座しています。
- 大原神社:拝殿
<大原神社:境内>
大原神社:御神木
手水舎藤棚の前にある手水舎です。歴史を感じさせる藤棚も見事です。
境内の藤棚:樹齢三百数十年
- 境内社:八坂神社
- 境内社:大国主神社
- 境内社:大国主神社
- 大黒天
境内の石碑群:境内東側
境内の石碑群:境内西側<大原神社と将門伝説>
大原神社・拝殿の絵馬:もしや将門を射ぬいた白羽の矢?足利市重要文化財(無形文化財)
御神楽(大和流渋井派)大原神社は山城国(京都府)乙訓郡の大原野神社四柱の大神を勧請したのが起源といわれ、平将門の腹が飛んできたという伝説があり、腹部の病気や安産に霊験あらたかという信仰がある。
本社の神楽は佐野の赤見に住していた渋井新太郎という人が明治初年頃に伝授したもので、渋井派といい、大和流と称するのは特定の流派と言うより日本古来の神楽という意味である。
現在使用している面、衣装その他のものは明治八年に氏子の寺内家から奉納されたものであるが、それ以前から本社の神楽は舞われていたらしい。
昭和三十五年 四月一日 指定 足利市教育委員会
天慶(てんぎょう)2年(939)12月25日、平将門が乱をおこし、下総国相馬で将門平親王と自称し、朝廷にそむきました。これを「天慶の乱」(939年~940年)といいます。
朱雀(すじゃく)天皇(第61代)の命により、翌3年2月1日、下野の押領使(おうりょうし)藤原秀郷が三千余騎を率いて討伐に向かいました。
ところが悪天候(強風)に見舞われ苦戦する中、秀鄕は将門がさらに法力を頼んで戦っていることを知り朝廷に報告、この結果、世尊寺(現 鶏足寺)に将門調伏(じょうふく)の勅令がくだりました。
調伏の成就がかない、激しい戦闘の後、秀鄕の四男千常が放った白羽の矢が将門に当たり落馬、そして秀鄕が将門を討ちとりました。
その後、将門の五体がバラバラになって各地に墜落したとのことで、落ちてきた腹をまつったのが大原神社・・・以下、下表に示す伝説があります。
<平将門伝説と関連する社寺一覧>
| 社寺名 | 主な利益 | 将門の体 |
|---|---|---|
| 鶏足寺 (旧:世尊寺) |
護摩祈願 | 将門調伏(じょうふく)の 勅令がくだる。 下賜された土首 (寺の西南地下に埋めれれる) |
| 大原神社 | 腹病平癒 安産 |
腹 |
| 大手神社 | 手の病気平癒 手の巧緻性向上 |
手 |
| 太田市只上神社 | 胴病平癒 勝負運 |
胴体 |
| 子の権現 | 足腰の病気平癒 | 足腰 |
<鶏足(けいそく)寺(旧 世尊寺):将門の土首>
鶏足寺:本堂
将門調伏の勅命がくだった世尊寺(現 鶏足寺)の常祐(定宥)法印は、寺内に護摩堂を建て、五大明王の調伏壇に土で作った将門の首を備え、四方(東西南北)に定満僧都、定海僧都、定玄僧都、円定僧都を配し、常祐(定宥)法印は中央本尊壇にのぼり、2月8日から七日間、昼夜を問わず祈り続けました。
満願の日を向けようという14日の未明、朦朧とする中、3本足の鶏が血まみれになった将門の首を踏みつけて高らかに鳴いた夢をみました。
そして、壇上を見ると、将門の土首の三カ所に、鶏の足跡がいたそうです。
この時。討伐に向かっていた秀鄕は、将門の首を打ち落としました。
それからというもの、将門の体が話をしたり、各地に飛び散ったりということです。
後に、三本足の鶏の霊験から、勅命により寺名を世尊寺から鶏足寺と改められました。
鶏足寺:護摩堂
足利市小俣町:鶏足寺の絵馬鶏足寺の詳細は、下記の記事を御覧ください。
<大原神社:「おおばらさま」と呼ばれる由縁>


平将門が朝廷に背いて乱をおこし、藤原秀郷に討ち取られたということは、前述した鶏足寺でお伝えいたしました。
この時、将門の五体がバラバラになって各地に墜落し、落ちてきた腹をまつったのがこの大原神社です。
現実的に推察すると、朝廷に背いた将門の霊を公然とまつることができないため、ゆかりある人々によって各地に分算してまつったのでしょう。
それにしても、斬られた将門の首が「我が五体いずこにあるや。寄り合ってまた一戦をなさん」と呼びかけたという伝説は、少し怖いですね。
<大手神社:桔梗の花は厳禁!>




| 名 称 | 大手神社 (おおてじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 通 称 | 大手さま |
| 主祭神 | 天手力男命(アメノタジカラオノミコト) |
| 例祭日 | 4・10月(第3日曜日) |
| 境内社 | 稲荷神社 |
| 伝 説 | 将門伝説 桔梗姫の伝説 |


<大手神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0843 足利市五十部町375 |
|---|---|
| 絵馬・お守り | 境内案内図による |
| アクセス | JR両毛線 山前駅 徒歩19分 |
| 駐車場 | 境内(数台) |




大手神社の伝説
祭神は天の岩戸開きの神話で有名な天手力男命(あめのたじからおのみこと)で、人間の手の神様として尊信し、手を病む者または手の上達を願う者の祈願神であり、手の型を描いた絵馬を奉納する人が多い。
ところが、また別にいつの頃からか、その祭神は平将門であるとして、その将門が藤原秀郷に殺害されたのは、桔梗姫が秀鄕に将門の居場所を指さして教えたからだと伝えられ、その後、大手神社の敵は桔梗姫であるということから、この神社のある新屋敷町では、桔梗のすべてをきらい、たとえば着物の柄にいたるまで使用しない習慣があるといわれている。
足利市観光百戦入選 平成4年4月
新屋敷町自治会・氏子一同
* 桔梗姫:将門の侍女、愛妾ともいわれる謎多き姫、藤原秀郷の姉、妹とも。
<大手神社:境内>




- 大手神社:手水舎


<太田市只上(ただかり)神社:こちらも桔梗の花は厳禁!>


- 太田市只上神社:鳥居の神額
- 太田市只上神社:神社石標
| 名 称 | 只上神社 (ただかりじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 村社 |
| 通 称 | 胴筒の宮 |
| 主祭神 | 品陀物和気命(ホンダワケノミコト) |
| 配神 | 大山咋神(オオヤマクイノカミ) 大穴牟遅神(オオアナムチノカミ) (大国主神の別名) 建御雷神(タケミカヅチノカミ) 火産霊神(ホムスビノカミ) 石筒男神(イワツツオノカミ) 石筒女神(イワツツメノカミ) 大物主命(オオモノヌシノミコト) 天児屋根命(アメノコヤネノミコト) 大山祇命(オオヤマヅミノミコト) |
| 境内社 | 葛城社、水神社、稲荷社、雷電社 熊野社、神明社、厳島社 猿田彦大神、水天宮、 他 |
| 伝 説 | 将門伝説 桔梗姫の伝説 |


<太田市只上神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0843 群馬県太田市只上町1706 |
|---|---|
| 電 話 | 0276-37-1019 |
| アクセス | JR両毛線 山前駅 南西:1.5㎞ |
| 駐車場 | 無 |
<太田市只上神社:胴筒の宮と呼ばれた由縁>
足利市鶏足寺でもお伝えいたしました天慶の乱後、藤原秀郷が平将門の首を鶏足寺に送った際に、只上の地で将門の首が声を発しました。
その後、この地に不思議なことが次々とおこったため、将門の胴体を分けて埋め、ここに一祠を建てて、「胴筒の宮」と呼びました。これが只上神社の前身である、と『山田郡誌』(昭和14年)に記載されています。


渡良瀬川に架かる「鹿島橋」周辺の河原は「八幡河原」と呼ばれ、只上八幡を由縁とする地名です。
ここは平将門と藤原秀郷の最終決戦地と言われる場所の一つとされています。
この河原で秀鄕が将門を討伐し、四散した体は、胴体が「只上神社」、手が「大手神社」、足か「鶏足寺」または、「子の権現」に落ちて埋葬されたとの言い伝えがあります。
また、只上(ただかり)の地は、将門の侍女とも愛妾とも言われている「桔梗の前」の出身地という伝承もあり、桔梗の前が敵に内通したため、この地では桔梗の花が咲かないと言われています。




- 一の鳥居前の祠
- 社殿左側の境内社
- 社殿裏の境内社
<子の権現(ねのごんげん):将門の足腰を祀る>


| 名 称 | 子の権現 (ねのごんげん) |
|---|---|
| 主祭神 | 子之聖大権現(大己貴命) ねのひじりだいごんげん (オオナムチノミコト) |
| 伝 説 | 将門伝説 平将門の足腰を祀る |


<子の権現:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0004 足利市樺崎町91-91 |
|---|---|
| 電 話 | – |
| アクセス | 北関東自動車道 足利IC:5分 |
| 駐車場 | 無 |


鰐口の上方に奉納された鉄の草鞋は主祭神 、子之聖大権現(ねのひじりだいごんげん)= 大己貴命(オオナムチノミコト)が旅好きだったとのことによるものです。
奉納されていた草鞋の他に、小さな鳥居があったり、社殿には鈴ではなく鰐口が付けられていることからも、神仏習合の信仰であったことがうかがえます。


石標を目印に坂道を登りますが、人家の二は庭に入っていきそうな道を上ります。


人家の庭先に沿って進むと、山道に向かう階段がありました。


間もなく手水鉢の左手側に、子の権現の社が見えてきます。


子の権現は、グーグルマップを利用しなければ、なかなか見つけられない不思議な場所に鎮座しています。
「人家の庭に立ち入ってしまうのでは」という心配もありましたが、フーグル先生を信頼して遭遇できた貴重な場所の一つとなりました。
足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
<足利雷電神社大和流神代神楽の里と神社>


<足利雷電神社大和流神代神楽保存会:奉納日・場所>
* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 4月 (第4日曜日) 10:00~15:00 |
足利雷電神社 (本城1丁目) |
<足利雷電神社>




明治11年(1878)に神社改築の祭に神楽殿も建設され、伊勢西国から伝えられた大和流神代神楽が奉納されています。


足利市重要文化財(無形文化財)
足利雷電神社 大和流神代神楽 一件雷電神社の草創は古く、天喜二年(1054)の足利成行の両崖山城築城にまで遡ると伝えられ、その後、長尾氏三代目の景長が両崖山城修築の祭に城の守り神として、永正九年(1512)に社殿を造営したといわれる。
雷電神社の神楽は、明治十一年に神殿改築と同時に神楽殿が造営され、伊勢西国から伝えられた大和流神代神楽が演ぜられ、今日まで継承保存されてきたもので、舞衣装、道具等も揃い、同系統の樺崎八幡宮や示現神社のものと遜色のない立派なものである。
足利市教育委員会


足利雷電神社の草創は、天喜2年(1054)の藤姓足利の祖、足利大夫成行の両崖山(りょうがいさん)築城まで遡ると伝えられ、その後長尾氏3代目の景長が、廃城となっていた足利城修築の際、岩井城から移った後、城の守護神として永正9年(1512)に社殿が造営されたといわれ、憲長、政長、顕長の歴代城主も厚く信仰したいいます。
足利雷電神社 由緒
天喜二年(1054)創建とされるが、それ以前に上古、社殿脇の「神鳴石」を依代として原初祭祀が行われたと伝わる。
小谷城の守護神として崇敬され、但馬守景長が永正元年(1504)社殿造営。江戸期には領主戸田氏が崇敬、天保十三年(1842)「雷電大権現」の大幟を寄進。翌年拝殿新築。
明治十年(1877)暴風で大破するも翌年改築。明治四十二年(1909)厳島神社を、大正十年(1921)八雲神社を合祀。大和流神代神楽が伝わる。
| 名 称 | 足利雷電神社 (あしかがらいでんじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 旧村社 |
| 主祭神 | 天祖大神 (アマツミヤオノオオカミ) |
| 合 祀 | 大雷神(オオイカズチノカミ) 市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト) 大山昨神(オオヤマクイノカミ) 須戔鳴尊(スサノオノミコト) |
| 境内社 | 若宮神社(天津日高日子穂穂手見命) 小谷神社(日枝大神・八坂大神) 機姫社(機大神) 生駒社 厳島神社 八雲神社 |
| 創建時代 | 天喜二年(1054) |
| 創始者 | 不詳 長尾景長:社殿創建 |
| 足利市重要文化財 (民族文化財) |
足利雷電神社大和流神代神楽 |


2021年2月両崖山で大規模な森林火災が発生し、雷電神社の被災を避けるために氏子総代らが本殿内の宝物や文献を運び出した際、「諸病平癒之御塩 御祈願ノ御方ハ自由ニオトリナサイ」と書かれた古い木札などが見つかりました。
木札と共に見つかった短冊には、景長が病に伏した際、同神社に供えられていた塩を粥(かゆ)に入れて食すると、病が速やかに平癒したことから、近郷の人々が塩を頂くようになったと書かれていました。
そこで、同神社責任総代をはじめ、本城1丁目自治会の協力のもと、諸病平癒之御塩の再現が企画されました。
<足利雷電神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0808 足利市本城1丁目1562 |
|---|---|
| アクセス | JR両毛線 足利駅 タクシー7分 東武伊勢崎線 足利市駅 タクシー8分 |
| 駐車場 | あり |
<足利雷電神社:境内>


百八十の石段を上ります。










本殿のすぐ北側には、「神鳴石(かみなりいし)」または「御座石(ございし)」と呼ばれる大きな石が二つあり、シメ縄が張られています。
大昔、大雷神がこの石の上に御降りになったとのことです。
足利雷電神社の詳細は、足利逆さ川沿い散歩コース:法楽寺、樹覚寺など15名所の御案内を御覧ください。
足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
<南大町宮比請神楽の里と神社>


起源は明治初年(1868年)と伝えられ、足利市南大町の敬神(けいしん)神楽師が佐野の宮比請神楽師の指導を受けて発足したといわれています。明治20年(1888年)以来、南大町の神明宮をはじめ、各地の祭礼に奉納してきました。
<南大町宮比講神楽保存会:奉納日・場所>
* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 島田町八坂神社 | 「鬼退治の舞」 他 | 2月 節分 |
| 太田市龍舞町賀茂神社 | 「子守の舞」 他 | 4月 萬燈(まんとう)祭 |
| 八幡町下野國一社八幡宮 | 「種蒔きの舞」 | 春季・秋季例大祭 |
| 福居町赤城神社 | 「恵比寿の舞」 | 10月第3日曜日 |
| 足利織姫神社 | 「金山彦の舞」 | 11月3日 |
| 西宮町西宮神社 | 「恵比寿の舞」 他 | 11月19・20日 |
| 福居町二柱神社 | 「恵比寿の舞」 他 | 11月23日第4土曜日 |
| 南大町芋森神明宮 | 「天岩戸開き」 | 12月 越年祭 |
<島田八坂神社>




島田八坂神社神楽殿
| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 島田町八坂神社 | 「鬼退治の舞」 他 | 2月 節分 |
| 名 称 | 島田八坂神社 (しまだやさかじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 旧無格社 |
| 通 称 | 天王さま |
| 主祭神 | 須佐之男命 (スサノオノミコト) |
| 例 祭 | 7月15日 |
| 創建時代 | 939年(天慶2年) |
| 創始者 | 不詳 |
| 足利市重要文化財 (民族文化財) |
南大町宮比請神楽びよる奉納 |
<島田八坂神社:基本情報>
| 宮司名 | 小堀 巧人 |
|---|---|
| 所在地 | 〒326-0337 足利市島田町949 |
| 電 話 (Fax) |
0284-22-4472(自宅) (0284-73-5466)(自宅) |
| アクセス | 東武伊勢崎線 福居駅 徒歩:15分 |
| 駐車場 | 宥:無料(30台) 神社の東 |






印象的な金色の狛犬が鎮座しています。


八坂神社
御祭神 須佐之男命(スサノオノミコト)
御由緒渡良瀬川が現在より南、矢場川流域を流れていた頃、渡良瀬川の氾濫の度に、決まって「關口」と呼ばれる場所に流れ着く小さなお宮があった。島田の郷の人々は、その都度上流の鎮座値と思われる場所にお返し奉斎していた。
またも流れ着いたとき、”この神様は、ここが気に入って流れ着くのだろうから、もうお返しせずに、ここにお祀りしよう。”と言うことになった。こうして、八坂神社(当時は、「牛頭天王(こずてんのう)」と奉称した、)が祀られる。朱雀(すざく)天皇の御代、天慶(てんぎょう)二年(九三九)十一月十日と言い伝えられている。
当神社は、厄除け・病退散に御利益があるとして尊崇されている。毎年二月の節分の日にお行われている「追儺祭(ついなさい)」には、多数の参拝者で賑わう。


御由緒に記されている「渡良瀬川の氾濫の度に流れ着いた」という石碑と八坂神社元宮碑です。元宮碑には「八坂神社神靈舊殿」と刻まれています。
<島田八坂神社:境内>




- 鈴しょうわ狛犬
- 建立:昭和15年
- 厄落処
拝殿前の参道右手側に、参拝者にとってありがたい「厄落処」があります。
- 島田八坂神社:頭だけの狛犬
- 絵馬掛け場
- 境内の石碑群
<群馬県太田市龍舞賀茂神社>




| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 太田市龍舞町賀茂神社 | 「子守の舞」 他 | 4月 萬燈(まんとう)祭 |
| 名 称 | 龍舞賀茂神社 (りゅうまいかもじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 旧郷社 |
| 通 称 | 賀茂様 |
| 主祭神 | 賀茂別雷神 (カモワケイカヅチノミコト) |
| 合 祀 | 櫛御気野命 (クシミケヌノミコト) 菊理媛神 (ククリヒメノカミ) 豊城入日子命 (トヨキイリヒコノミコト) 大直日命 (オオナオビノミコト) 大穴牟遅神 (オオアナムチノミコト) 素盞鳴命 (スサノオノミコト) 宇迦之御魂神 (ウカノミタマノカミ) 誉田別尊 (ホンダワケノミコト) 菅原道真 (スガワラミチザネ) 市寸島姫命 (イチキシマノミコト) |
| 例 祭 | 7月15日 |
| 創建時代 | 貞観3年(861) |
| 創始者 | 藤原長良 |
| 群馬県指定重要無形文化財 (民族文化財) |
萬燈祭 |


<龍舞賀茂神社:基本情報>
| 所在地 | 〒373-0806 群馬県太田市龍舞町3859-1 |
|---|---|
| 電 話 | 0276-45-7108 |
| アクセス | 東武小泉線 竜舞駅 徒歩:12分 北関東自動車道太田桐生IC:20分 |








龍舞賀茂神社縁起略記 -抜粋-(一部編集)
本社は貞観三年九月二十九日(861)大納言藤原長良公が京都の賀茂神社の神霊を分霊勧請し一社を創建し賀茂明神と称したと伝えられている。雷命を祀り末社二十余社を数へり、その由来は社伝及び園田文書によれば、同年 武蔵羽生で賊徒が反乱を起し東国大いに乱れるに及び、当時上野国司として国府在城の長良公に勅命を下しこれを誅伐させた。
この折、長良公が京都の賀茂明神に戦勝を祈願し、当地に出陣し利根川を前の備えとして長蛇の陣を敷いた。その際、四霊の神すなわち青龍、白虎、朱雀、玄武の神旗を龍舞の地を中心に四方に高々と建てて対陣した。
そのうち青龍の神旗が風になびき龍形となって雲に至り、雷雨すさまじく烈しい雨となって敵陣を襲い賊を平定したと伝わる。
この雷電の加護を感じ、青龍の旗を立てた当地に神社を創建。例祭時に境内中央に四神霊の旗を立てるのはこれに由来するという。
その後、江戸時代の中期の天明七年八月一日(1787)霊験極めてあらたかなるため正一位の位記を宣下され、明治五年十一月郷社に列せられる。
昭和六十一年十月吉日 天皇陛下御在位六十年記念
<龍舞賀茂神社:境内>






本殿の裏側に建つ蔵:記載がありませんので宝物殿と呼ばせていただきます。
- 龍舞賀茂神社・境内社:雷電神社
- 龍舞賀茂神社・境内社:浅間神社
- 浅間神社の神額
浅間神社の階段前に、大国主、磐長姫、日本武尊、食行身禄霊神などの石碑があります。




<八幡町下野國一社八幡宮>






* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 八幡町下野國一社八幡宮 | 「種蒔きの舞」 | 春季・秋季例大祭 |
<下野國一社八幡宮:基本情報>


| 正式名称(社号) | 下野國一社八幡宮 (しもつけこくいっしゃはちまんぐう) |
|---|---|
| 御祭神 | 誉田別命(応神天皇) 大帯姫命(神功皇后) 姫大神 |
| 祭 典 | 下表参照 |
| 境内社 | 門田稲荷神社、八坂神社 (大山紙神社、日枝神社、 天満宮、若宮八幡宮):本殿裏 |
| 所在地 | 〒326-0824 足利市八幡町387 |
| 電話 | 0284-71-0292 社務所受付 3~10月 9:00~16:00 11~2月 9:00~15:00 |
| アクセス・その他 | JR足利駅:徒歩約30分 タクシー8分 東武野州山辺駅:徒歩約10分 タクシー5分 北関東自動車道 足利IC:約20分 北関東自動車道 太田桐生IC:15分 |
| 駐車場 (無料) |
一般駐車場:50台(神社の東隣) 身障者用:2台(境内) 思いやり駐車場:3台(境内) 車祓い場:1台(境内) |
<下野國一社八幡宮:祭典>
| 歳旦祭 | 1月1日 |
|---|---|
| 初 詣 | 1月1日~5日 |
| 門田稲荷神社例祭 (初午祭) |
旧2月初めの午の日 |
| 建国祭 | 2月11日 ⇒ 第2土曜日 |
| 例祭(春季) | 4月10日 ⇒ 4月第2土曜日 |
| 6月晦日の大祓式 | 6月30日 |
| 八坂神社祇園例大祭(夏祭) | 7月15日 ⇒ 第2日曜日 |
| 秋季大祭 | 10月16日 ⇒ 第3土曜日 |
| 七五三祈願祭 | 11月15日 |
| 新嘗祭 | 11月23日 |
| 大祓式 | 12月31日 |
<下野國一社八幡宮:文化財>










<下野國一社八幡宮:栃木県指定文化財>
| 八幡宮本殿 | 1棟 附八幡宮本社再建図 |
|---|---|
| 八幡郷検地帳 | 1冊(室町時代) |
<下野國一社八幡宮:足利市指定文化財>
| 八幡宮拝殿・幣殿 | 1棟(江戸時代) |
|---|---|
| 延文記録 | 1巻(南北朝時代) |
| 大永化縁状 | 1巻(室町時代) |
| 下野足利領八幡山御縄打水帳 及び名寄帳 |
3冊(江戸時代) |
| 銅造鳥居 | 1基(江戸時代) |
| 八幡宮「クロマツ」 | 1本 (平成29年6月27日 指定解除) |
- 延文・・・日本の元号(年号)。室町時代’(南北朝時代)の1356年~1361年まで、後光厳天皇の代の北朝が使用した元号。
- 大永化縁状・・・大永3年(1523)に書かれた記録で、戦乱(応仁・文明の乱)によって荒廃した八幡宮の境内や社殿を復旧するため、広く資金募集を訴え祭の趣意書。
- 水帳・・・検地による土地調査の結果を記した土地台帳。
<下野國一社八幡宮:栃木県指定史跡>
| 八幡山古墳群 | 八幡宮周りから、足利市立山辺小学校裏の八幡山の小高い丘の尾根や斜面に作られた古墳時代後期(6世紀後半~7世紀代)群集墳。 |
|---|
下野國一社八幡宮の詳細は、下野國一社八幡宮・門田稲荷神社を御覧ください。
<福居町赤城神社>




| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 福居町赤城神社 | 「恵比寿の舞」 | 10月第3日曜日 |
| 名 称 | 福居赤城神社 (ふくいあかぎじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 村社 |
| 主祭神 | 磐裂命 (イワサクノミコト) 磐筒男神 (イワツツオノカミ) 大物主命 (オオモノヌシノミコト) 大国主命 (オオクニヌシノミコト) |
| 創建時代 | 康元元年(1256)4月5日 |
- 赤城神社:狛犬
- 建立:平成26年4月
創建当初は赤城大明神と称しており、明治42年(1909)に境内社の琴平神社を本殿に合祀し
<島田八坂神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0338 足利市福居町1986 |
|---|---|
| 電 話 | 0284-22-4472 |
| アクセス | 東武伊勢崎線 東武和泉駅 徒歩:3分 |
| 駐車場 | 社殿東(和泉町自治会館) |
- 赤城神社:拝殿の神額
- 赤城神社:は殿・本殿
- 姥川弁天:平成18年9月吉日
- 赤城神社:境内の石碑群
<足利織姫神社>






| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 足利織姫神社 | 「金山彦の舞」 | 11月3日 |
| 神楽保存会名 | 奉納神社名 | 奉納日時 |
|---|---|---|
| 大山祇神社太々神楽保存会 | 織姫神社 | 5月5日(春季例大祭) |
| 南大町宮比請神楽保存会 | 〃 | 11月3日(秋季例大祭) |


| 名 称 | 足利織姫神社 (あしかがおりひめじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 主祭神 | 八千々姫命 (ヤチヂヒメノミコト) 天御鉾命 (アメノミホコノミコト) |
| 創建時代 | 宝永2年(1705) |
| 国登録有形文化財 | 社殿・神楽殿・社務所・手水鉢 平成16年(2004)6月9日 |


<足利市織姫神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0818 足利市西宮町3889 |
|---|---|
| 電 話 | 0284-22-0313 (足利織物会館内) |
| アクセス | JR両毛線足利駅徒歩:15分 東武伊勢崎線足利市駅徒歩:30分 北関東自動車道足利IC:30分 |
| 駐車場 | 織姫駐車場:乗用車30台 身障者用1台 織姫観光駐車場:バス1台 乗用車13台 (正面鳥居前) 織姫公園駐車場:28台(乗用車専用) もみじ谷駐車場:11台(乗用車専用) さいこうふれあいセンター:バス2台 乗用車29台 |
<西宮町西宮神社>






| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 西宮町西宮神社 | 「恵比寿の舞」 | 11月19・20日 |


| 名 称 | 西宮町西宮神社 (にしのみやちょうにしのみやじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 主祭神 | 事代主命 (コヨシロヌシノミコト) 蛭子命 (ヒルコノミコト) (エビスノミコト)とも |
| 創建時代 | 慶長8年(1603) |
<西宮町西宮神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0817 足利市西宮町2931 |
|---|---|
| 電 話 | 0284-21-6790 |
| アクセス | JR両毛線足利駅徒歩:30分 東武伊勢崎線足利市駅徒歩:30分 北関東自動車道足利IC:15分 |
| 駐車場 | あり |
<福居町二柱神社>








| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 福居二柱神社 | 「恵比寿の舞」 | 11月23日 第4土曜日 恵比須講弥栄(いやさか)祭 |


福居町二柱神社


寛永六年(一六二九)、北之郷の産土神として創建された。当時は聖天宮と称し、夫婦和合の神であった。明治六年に二柱神社と改称。大正一三年、境内を拡張し、本殿を後方に移して、幣殿・拝殿を増築した。
翌一四年、恵比寿請社を創設し、弥栄祭を執行。昭和一一年、社務所を新築。同二九年、請社創設三〇周年記念として社殿を改築。平成一三年にも改築した。
| 名 称 | 二柱神社 (ふたはしらじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 主祭神 | 大己貴神 (オオナムチノカミ) 少彦名神 (スクナヒコナノカミ) |
| 創建時代 | 寛永6年(1629) |
| 例祭日 | 4月15日 |


<福居町二柱神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0338 足利市西宮町1068 |
|---|---|
| アクセス | JR両毛線足利駅徒歩: 東武伊勢崎線福居駅徒歩:7分 東武伊勢崎線東武和泉駅徒歩:9分 東武伊勢崎線足利市駅車:11分 |
| 駐車場 | 祭の日に、八木節会館周辺の駐車場 |




<南大町芋森(いものもり)神明宮>




| 奉納場所 | 演 目 | 奉納時期 |
|---|---|---|
| 南大町芋森神明宮 | 「天岩戸開き」 | 12月 越年祭 |
足利市重要文化財(無形文化財)
南大町宮比講神楽 【遠隔】南大町宮比請神楽の起源は、明治初年頃(1868年頃)に佐野の鎧塚(あぶづか)宮比請神楽師の指導を受けて、発足したといわれています。佐野市では、「鎧塚宮比請神楽」が栃木県指定無形民俗文化財に指定されています。
かつては、太田市の高山神社に所属していましたが、現在は南大町宮比請神楽保存会により、芋森神明宮だけでなく、次の神社の例祭で神楽を奉納しています。
大々神楽より庶民的で、里神楽と言われ多くの人々に親しまれています。<後略>
令和5年(2023)3月 矢場川地区文化財協会




矢場川地区史跡・名勝
芋森神明宮(いものもりしんめいぐう)
社伝によると天慶(てんぎょう)二(九三九)年に平貞盛(たいらのさだもり)が平将門(たいらのまさかど)の乱の際に、武蔵国氷川(ひかわ)明神のお告げにより白鳥に導かれ、この地に陣を構えた。伊勢神宮の神座を設け、素戔嗚命(すさのおのみこと)を祀り、祠殿を建て、朝敵降伏の祈祷をして、出陣したところ、藤原秀郷(ふじわらひでさと)と協力して、乱を平定することができた。
貞盛がその記念として、陣釜兵器を奉納したのが創建と伝えられる。その後、大栄二(一五二二)年、当地を治めていた矢場能登守繁和(やばのとのかみしげかず)が社殿を造営したことが伝えられる。<後略>
南大町 斎藤 和行 氏 超草 矢場川地区文化財協会


| 名 称 | 芋森神明宮 (いものもりしんめいぐう) |
|---|---|
| 社 格 | 村社 |
| 主祭神 | 天照大神 (アマテラスオオミカミ) 豊受大神 (トヨウケノオオミカミ) |
| 配 神 | 弥都波能売命 (ミズハノヒメノミコト) |
| 摂社・末社 | 田坂神社 雷電陣安謝 三部大権現 厳島神社 他 |
| 創建時代 | 天慶2(939)年 |
| 例祭日 | 10月第2日曜日 |
| 天然記念物 | ニホンカワモズク |
| 伝 説 | 石芋伝説(弘法の池) |


石芋伝説
嵯峨天皇の時代(約1200年前)に、弘法大師が諸国を旅するうちに大町村(南大町)を通りかかったところ、川のほとりで芋を洗っているお婆さんに出会いました。大師はおなかがすいていたので、「少しばかり芋を分けてください」とお願いしました。ところがお婆さんは「これは石芋といって食べられません」と言って分けてくれませんでした。大師は「それなら捨てるしかないか」と言って立ち去りました。
お婆さんは家に帰ってこの芋を煮て食べようとしたところ、どんなに煮ても硬くて食べられなかったので、村はずれの神明の森に捨ててしまいました。
それからその芋が泉の中に茂るようになったと伝えられています。
令和3年10月 芋森神明宮 矢場川地区文化財協会


<南大町芋森神明宮:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0836 足利市南大町277-2 |
|---|---|
| アクセス | 東武伊勢崎線野州山辺駅徒歩:22分 |
| 駐車場 | あり |
<芋森神明宮:境内>




- 芋森神明宮境内社:八坂神社神額
- 芋森神明宮境内社:八坂神社拝殿
- 芋森神明宮境内社:厳島神社
- 芋森神明宮境内社:厳島神社


神明宮改修記念碑:左、雷電神社:右(赤い屋根) 三部大権現 他
- 天然記念物「ニホンカワモズク」自生地の石標
- 天然記念物「ニホンカワモズク」自生地:説明板


足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
<樺崎八幡宮太々神楽の里と神社>


樺崎八幡宮と太々神楽
樺崎八幡宮は、康平6年(1063)、源義家の勧請と伝えられ、樺崎寺で生入定した源姓足利氏二大義兼が合祀されて以来同氏歴代の廟所トナリ、鑁阿寺の奥の院に位置付けられました。
明治時代の神仏分離で樺崎八幡宮として存続が図られ、その後神社政策により合祀した赤坂宮内の示現神社の神楽殿を移築して伊勢からもたらされたと言う太々神楽十六座を氏子が奉納しました。
昭和56年(1981)、神楽保存会が発足、平成3年(1991)に神楽殿を一新しています。
大々神楽十六座
①泰平の舞 ②導きの舞 ③児屋根ノ舞 ④岩戸の舞 ⑤八幡の舞 ⑥恵比寿の舞・火男の舞 ⑦大国の舞 ⑧鹿島の舞 ⑨住吉の舞 ⑩金山の舞 ⑪稲荷の舞・白虎の舞 ⑫水神の舞 ⑬山神の舞 ⑭織姫の舞 ⑮榊掘の舞 ⑯大蛇の舞
中島太郎、平成二十七年、「北の郷物語 第二集 その六十話」、岩花文庫、P.6
<樺崎八幡宮太々神楽保存会:奉納日・場所>
* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 奉納場所 | 奉納時期 |
|---|---|
| 樺崎八幡宮 | 4月 第3日曜日 春季例大祭 |
| 〃 | 10月 第3日曜日 秋季例大祭 |
| 〃 | 11月 足利の文化財一斉公開 |
<樺崎八幡宮>










| 名 称 | 樺崎八幡宮 (かばさきはちまんぐう) |
|---|---|
| 社 格 | 無格社 |
| 主祭神 | 誉田別命 |
| 配 神 | 源義穪命 赤土命 大己貴命 事代主命 豊城入彦命 |
| 境内社 | 八坂神社 琴平神社 織姫神社(𣑥幡千千姫命) 厳島神社 |
| 例 祭 | 7月15日 |
| 創建時代 | 正治元年(1199) |
| 創始者 | 足利義氏 |
| 文化財 | 樺崎寺跡(国史跡) 本殿(市指定文化財) 樺崎八幡宮大々神楽(市指定無形文化財) 樺崎八幡宮の杉(市指定天然文化財) |


<島田八坂神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0004 足利市樺崎町1723 |
|---|---|
| 電 話 | 0284-41-3504 |
| アクセス | 東武伊勢崎線足利市駅 車:20分 JR両毛線足利駅車:15分 北関東自動車道足利IC:15分 東北自動車道佐野藤岡IC:40分 |
| 駐車場 | 宥:無料 神社の前 |
足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
<彦谷神楽の里と神社>




彦谷神楽
彦谷神楽は、明治28(1895)年に松島竜三郎氏ほか20数人によって始められたと伝えられています。地元の日枝神社には、彦谷神楽の創始20周年を記念して、大正3(1914)年に寄進された大絵馬があります。
彦谷神楽は隣の地区にある大前町大原神社の御神楽(大和流渋井派)から派生して、独自に発展を遂げて今に至っており、ほかの神楽団体に比べてテンポが早目で、口上が一切ないのが特徴的です。
春の例大祭は湯殿山神社、秋の例大祭は日枝神社や篠生(ささご)神社で神楽を奉納しています。かつては熊野神社や赤城神社にも奉納していた記録があります。
演目は13座あり、もっぱら6~7座を演舞しています。曲目は、三つ拍子、四つ拍子、神楽拍子、乱拍子などが主で、木彫りの面は16面、衣装は16着を演目ごとに使い分けています。
創始以来座数を減らすことなく、地元の氏子組織などの強い支援のもと技の継承と研鑽を重ね、100年以上継承されている貴重な民族芸能です。
足利市教育委員会
<彦谷神楽保存会:奉納日・場所>
* 奉納場所は神社のみを抜粋しています。
| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 4月 (第3日曜日) | 篠生(ささご)神社(例大祭) |
| 5月3日 | 湯殿山神社(春季例大祭) |
| 10月( 第3日曜日) | 篠生(ささご)神社(秋季例大祭) |
| 10月( 第4日曜日) | 日枝神社(秋季例大祭) |
<葉鹿町篠生(ささご)神社>








社伝によると斎明(さいめい)天皇の御代(在位655-661)655年頃、出雲国(島根県)の杵築(きずき)神社から分霊勧請して、この葉鹿に祀ったと伝えられています。
大正2年(1913)諏訪神社を合祀し、社叢はは足利市天然記念物に指定されています。
境内にはケヤキ、カヤ、エノキ、カシ、クヌギなど約50本の木が社叢(しゃそう)を形成しており、市の重要文化財の指定を受けています。


| 名 称 | 篠生神社 (ささごじんじゃ) |
|---|---|
| 社 格 | 村社 |
| 主祭神 | 須佐男命 (スサノオノミコト) 櫛稲田姫 (クシナダヒメ) |
| 境内社 | 篠生神社末社改修記念碑を参照 |
| 例 祭 | 7月(祇園祭) |
| 創建時代 | 655年頃 |
| 文化財 | 篠生神社 社叢 (市重要文化財) |


篠生神社 社叢
神社の神域として守られてきた森で立派な樹木が生い茂っています。
社叢内の樹木の総数は50本、主なものはケヤキで、なかでも最大のものは幹囲3.4mのものをはじめ33本、次いでカヤ8本、エノキ3本、カシ3本、クヌギ3本などが混生しています。
この神社の社伝によると斎明天皇の時、出雲国の杵築神社を遷座して祀ったと伝えられ御祭神は須佐男命と櫛稲田姫です。
由緒からみて以前は境内に多くの大木が生育していたと考えられます。
(昭和61年3月 市重要文化財指定)平成26年10月吉日 篠生神社


<篠生神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0143 足利市葉鹿町2丁目2-2 |
|---|---|
| 電 話 | 0284- |
| アクセス | 東武伊勢崎線足利市駅 車:20分 JR両毛線足利駅車:15分 北関東自動車道足利IC:15分 東北自動車道佐野藤岡IC:40分 |
| 駐車場 | 宥:無料 神社の前 |






拝殿の右手側にある鳥居がある忠霊殿です。




- 篠生神社:忠霊殿忠霊塔
- 篠生神社:忠霊殿
- 織姫神社
- 八坂神社
- 厳島神社
- 浅間神社




塚上には、塩竈神社(左)、中央にある大きな庚申塔の右側に青面金剛像が鎮座しています。
- 庚申塔群の中の不思議な模様の石


<彦谷湯殿山神社>






* 納場所は神社のみを抜粋しています。
| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 5月3日 | 湯殿山神社(春季例大祭) |


| 名 称 | 彦谷湯殿山神社 (ひこやゆどのさんじんじゃ) |
|---|---|
| 主祭神 | 大山祇命 大己貴命 小彦名命 |
| 境内社 | 羽黒山神社 粟谷湯殿山神社 月山神社 |
| 例 祭 | 5月⑥日 春季例大祭 |
| 創建時代 | 江戸末期 (1820年) |
出羽三山を勧請した山岳信仰の神社。
彦谷湯殿山神社は、標高399mの山頂に鳥居のある石祠一社と、周辺南側の尾根に石祠が三社点在しています。
- 羽黒山神社
- 月山神社
- 粟谷湯殿山神社


<湯殿山神社:基本情報>
| 所在地 | 〒326-0143 足利市葉鹿町2141-1 |
|---|---|
| アクセス | 彦谷自治会館を基点 |
| 駐車場 | 宥:無料 表登山表登山口駐車場 (神楽殿前) |


神楽殿の前は、彦谷湯殿山表登山口駐車場です。
<彦谷自治会館:基本情報>


| 所在地 | 〒326-0143 足利市葉鹿町1750 |
|---|---|
| アクセス | JR両毛線小俣駅徒歩:22分 |
| 駐車場 | 宥:無料 |
彦谷自治会館から北にある光泰寺を目指し、寺の脇道を山に向かって北上すると、彦谷湯殿山表登山口駐車場に着きます。
自治会館内に駐車して、西登山口、東登山口からもエントリーできます。


表登山口にある社標です。
- 表登山口付近のポスター
- 神楽殿
- 神楽殿近くの石碑
- 粟谷(あわのや)分岐
- 鉄塔の下をくぐって神社へ
- 鉄塔の真下から
- 道標
- 岩の上に鎮座する石祠
- 三角点の表示
- 三角点
- 見晴台へ
- 展望台から臨む
- 湯殿山神社から見る鉄塔
- 彦谷湯殿山神社
<葉鹿町日枝神社>






| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 10月( 第4日曜日) | 日枝神社(秋季例大祭) |


昔、土師の里比古谷(今の彦谷)に鎮座し「山王権現」と名乗っていましたが、神仏分離令により「日枝神社」と改称しました。ですが土地の人々は今でも「山王様」と呼び、尊崇しています。
主祭神は「大山咋神」で、秋に大祭を行っています。(春は湯殿山神社の大祭)鎮座については、一説に「無量院の鬼門除け」とする説もあります。
「彦谷」には、縄文早期から後期にかけての遺跡があることや、古墳群もあることから、古代の「土師郷」の発祥の一地域とも考えられています。当神社の本殿(奥宮)には、明治32年板製墨書の(表):「日枝神社(猿田彦命/大山祇命)御神霊」(裏):「由緒、長島覺三郎拝書、信徒惣代9氏名」が奉納されてます。また、新たな発見ですが「篠生神社」の木製祠が、向かって右側に祀られ、先の神霊と同年格の(表):「篠生神社神霊」(裏):「大昔土師の里守神を分祀せし・・・」神霊が存在します。
さかにしまっぷ ⑬ 日枝神社(ひえじんじゃ)より


| 名 称 | 葉鹿町日枝神社 (はじかちょうひえじんじゃ) |
|---|---|
| 通 称 | 山王様 |
| 主祭神 | 大山咋神 (オオヤマクイノカミ) |
| 配 神 | 湯彦神 (ユヒコノカミ) 軻遇突智命 (カグツチノミコト) 大山祇命 (オオヤマズミノミコト) |
| 合 祀 | 愛宕神社(大正3年 1914) 山神社(大正5年 1916) 高松神社(大正5年 1916) |
| 例 祭 | 4月(第4日曜日) 春季例大祭 10月( 第4日曜日) 秋季例大祭 彦谷神楽 |
| 創建時代 | 不詳 明治32年(1899)改築。 |




| 所在地 | 〒326-0143 足利市葉鹿町2256 |
|---|---|
| アクセス | JR両毛線小俣駅徒歩:19分 |
| 駐車場 | 彦谷自治会館 葉鹿公民案 |


鳥居をくぐると参道左手側に庚申塔群があります。「弁財天」(左から2番目)も確認できました。


日枝神社は、地元では「山王様」と呼ばれています。拝殿の屋根は突き出しており、山型なことからも神社の由縁が感じられます。


拝殿の右奥にある庚申塔群です。「大黒天」(左)や青面金剛も鎮座しています。


足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
<大山祇神社太々神楽の里と神社>






大山祇神社境内展示:神楽のポスター<撮影:小野 仁美 様>
足利市重要文化財(無形文化財)
御神楽(大山祇神社太々神楽)一件本社の創建は平安時代の久安年中(1145~1151)に遡り、大坊山頂に社殿が設けられたという。その後、昭和40年に電火にあい社殿を焼失したが、後に山腹の現在地に再建された。
本社の神楽は、別当飯塚家に伝わる天保年中(1830~1844)の文書中に神楽講中の人云々文字があること、また、同家不動堂の絵馬(文政年間)に神楽講中の文字がみられるので、江戸後期にはすでに行われていたことがわかる。
また、明治初年に佐野の赤見に住む渋井新太郎氏の指導にあったのは大原神社と同様で、渋井氏没後は当地の飯塚喜平氏が各地の神楽の指導をしたことが知られている。
本神楽の伝承は、大沼田町西根地区の人のみで行われるという習慣がある。
昭和40年10月1日 指 定
足利市教育委員会
* 納場所は神社のみを抜粋しています。


<大山祇神社太々神楽保存会:奉納日・場所>
| 日時・奉納時間 | 奉納場所 |
|---|---|
| 4月 第4日曜日 | 大山祇神社(春季例大祭) |
| 5月5日 | 足利織姫神社(春季例大祭) |
| 10月 第4日曜日 | 大山祇神社(秋季例大祭) |
大山祇神社境内:神楽のポスター<撮影:小野 仁美 様>
<大山祇神社>


大山祇神社






| 名 称 | 大山祇神社 (おおやまづみじんじゃ) |
|---|---|
| 主祭神 | 大山祇命 (オオヤマズミノミコト) |
| 配 神 |
木花開那姫命 |
| 境内社 | 八坂神社 馬頭神社 天満宮 諏訪神社 子の権現 |
| 例 祭 | 歳旦祭:1月1日 春祭り:4月第4日曜日 秋祭り:10月第4日曜日 大 祓:12月31日 |
| 創建時代 | 久安元年(1145) |


<大山祇神社:基本情報>
| 宮 司 | 小野寺 建富 |
|---|---|
| 所在地 | 〒326-0011 足利市大沼田町2268 |
| 電 話 (Fax) |
0284-91-0110(自宅) 0284-94-0416(自宅) |
| アクセス | JR両毛線あしかがフラワーパーク駅 徒歩:34分 JR両毛線富田駅徒歩:44分 |
| 駐車場 | 宥:無料(15台) |
- 諏訪神社
- ?
- 左:天満宮 右:八坂神社
拝殿の脇の石段を登ると諏訪神社があります。さらに鞘殿の裏を通り反対側回ると、境内社群があります。


社殿が大坊山の頂上にあったころ、雷火によって焼失してしまったことから、社殿の屋根に避雷針が設置されていました。


拝殿側から臨む神楽殿です。拝殿前の参道を下りて駐車場に向かいます。






車を駐車するためのスペースが十分に確保されています。この展望台にも神楽のポスターが掲示されていました。よく見ると、このデッキでも神楽が演じられていたようです。


大山祇神社から、下山する風景を御覧頂き、大山祇神社へのルート御確認いただきましょう。
まずは展望台駐車場から下ると、峠の道に戻ります。峠の道を左折(南)に下ると大山祇神社入り口を示す道標と神社の石標があります。
- 峠道から神社へ向かう道
- 大山祇神社入り口の道標
- 大山祇神社入り口の社標


足利の神楽の詳細は、足利民俗芸能:木遣(きやり)・神楽・八木節【起源と変遷】を御覧ください。
最後まで御覧いただき。ありがとうございました。











































































































ぴぴこちゃん、ありがとうございます。 NHKでのメッセージ、もっとあったんですが…
再びのぴぴこです。 こんばんは。 そうでしたか〜、 NHKがまとめた言葉だ…
ピピコちゃん、私のNHKでのメッセージを見てくれてありがとうございます。Fテレビ…
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