足利民族芸能大会は、3年に一度開催され、令和8年(2026年)2月1日に開催された「第18回大会」では足利市の重要無形文化財に指定されている3種類の民俗芸能「木遣り(きやり)」、「神楽」、「八木節」が一挙に集結し盛大に上演されました。

足利市には上述した3種の民俗芸能を含め、10件の伝統芸能団体が重要無形文化財に指定されています。

民族芸能団体は日頃、神社への奉納、出初式などの伝統行事など様々な場面で活動を展開しています。

当サイトでは、「第18回 民族芸能大会」に出演した市内8つの重要無形文化財継承団体、子ども八木節2団体の演技を皮切りとし、足利市の民族芸能について、過去に開催された芸能大会の貴重なデータや一次資料をもとに御案内してまいります。

人口減少、少子化などで地域芸能の継承や、行事運営に苦慮する今日、足利民族芸能大会を通じ、各継承団体へエールを送るとともに、本記事を御覧いただいた皆様の地域発展の一助となることを祈念申し上げます。

【民族芸能: 木遣り(きやり)、神楽、八木節の解説】

下野國一社八幡宮:奉納神楽「天岩戸」の写真です。下野國一社八幡宮・奉納神楽「天岩戸開きの舞」:南大町宮比講神楽保存会

<民族芸能と伝統芸能の違いについて>

項 目 伝統芸能 民族芸能
演者・伝承者 伝統芸能や古典芸能は、特定の職業の方が伝承 各々生業を持っている地域に住む住民自らが演じる
芸能の種類 雅楽、能、歌舞伎、文楽 歌、舞、演劇などの芸能、その祭礼や行事
上演場所 劇場など限定的 各地域の慣習や信仰、風俗に基づく伝承の場
下野國一社八幡宮:奉納神楽「おきな」の写真です。下野國一社八幡宮・奉納神楽「おきなの舞」 :南大町宮比講神楽保存会

■ 民族芸能とは

地域の暮らしの中で行われる祭礼や行事において、人々が演じる歌や舞、踊、演劇といった芸能、またその祭礼や行事そのものを民族芸能と言います。

こうした芸能は、地域の人々が担い手となって、その地域の風土や信仰などを色濃く繁栄しながら、日本各地で受け継がれています。

日本の民族芸能は、① ひとの長寿を願う、② 穀物などの豊作を願う、③ ひとの命を脅かす悪霊(疫病)を追い払う、という3点を大きな目的としており、これらを神に祈って行われる信仰行事(お祭り等)に伴って実施されることが多く見られます。

足利市の無形文化財に指定している民族芸能には「木遣り(きやり)」「神楽」「八木節」の3種類があります。

第18回 民族芸能大会パンフレット P.3,2026。

<足利市の民俗芸能:無形指定文化財>

神楽:「金山彦の舞」の写真です。御神楽・「金山彦の舞」:大山祇神社太々神楽保存会 (第18回 芸能大会)
名 称 員数 指定年月日 所在地
御神楽(大和流渋井派) 1件 昭和35年4月1日 大前町
上加子崇聖寺盆踊唄
(神子流笛藤派)
昭和40年3月1日 久保田町
御神楽
(大山祇神社太々神楽)
昭和40年10月1日 大沼田町
足利鳶木遣り 昭和48年4月2日 助戸1丁目
示現神社神代神楽 昭和55年1月22日 月谷町
樺崎八幡宮太々神楽 昭和58年2月23日 樺崎町
南大町宮比講神楽 昭和58年2月23日 南大町
足利雷電神社大和流神代神楽 昭和60年8月26日 本城1丁目
八木節 平成15年3月18日 福居町
彦谷神楽 令和2年3月26日 葉鹿町

足利市>>文化財一覧>無形文化財 より

<木遣り(きやり)とは>

足利鳶木遣り:まといの写真です。足利鳶木遣り保存会:纏(まとい)(第18回 芸能大会・ロビー展示)

■木遣りとは

木遣り(木遣り歌、木遣り唄とも言う)はもともと、山から木を切り出し運搬するなど、多人数で力仕事を行う時の掛け声を元にした労働歌の一つです。

一説によれば、鎌倉時代に臨済宗の開祖・栄西(えいさい)が京都に寺院を建立する際、人足に掛け声をかけさせ、作業の士気を高めたことに由来するといいます。

時代は下り、徳川氏が入府した江戸で大規模な開発が進められると、その労働力である鳶(とび)職人がたくさん集まってきました。社(やしろ)や家屋などを建築すること自体が慶事であったことから、鳶職人が歌う木遣りは労働歌から次第におめでたい祝儀歌へと変化していきます。

こうして木遣りは、江戸時代中期頃には鳶職人の間で、棟(むね)上げや祝儀、祭礼などの練歌(ねりうた)などで盛んに歌われるようになりました。

また、江戸だけに止まらず、主に関東一円、信濃、金沢、伊勢に拡がり、今なお現在に息づいています。

足利鳶木遣り:とび口の写真です。足利鳶木遣り保存会:鳶口(とびぐち)(第18回 芸能大会・ロビー展示)

 皆さんは、新年に行われる出初式(でぞめしき)などで木遣りが歌われ、それに合わせて纏(まとい)振りやアクロバティックな梯子(はしご)乗りが披露される様子を見たことがあるかもしれません。

鳶職人は仕事柄、高い所を恐れなかったため、江戸の町火消しの主力として火事場で最も勇猛果敢に働きました。その活躍ぶりを現代に示すものが、出初式で歌われる木遣りです。

足利においても、木遣りは江戸時代より始まったと文献にあり、特色としては江戸木遣りに比べてややテンポが早く、近隣の佐野周辺よりやや遅いという特徴があります。

第18回 民族芸能大会パンフレット P.3-4,2026。

<神楽(かぐら)とは>

下野國一社八幡宮:奉納神楽「天狗の舞」の写真です。下野國一社八幡宮:奉納神楽「天狗の舞」南大町宮比講神楽

■神楽とは

神楽とは、祭りに際して神を迎え、その前で奉納する芸能です。

一般に神楽の起源としてよく知られているのは、『古事記』や『日本書紀』に記された「天岩戸(あまのいわと))神話」があります。はるか昔、太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)は、弟神の須佐之男命の乱暴な素行に耐えかね、天岩戸(岩でできた洞窟)の中に引き籠もってしまいました。

下野國一社八幡宮:奉納神楽「天岩戸」の写真です。下野國一社八幡宮・奉納神楽「天岩戸」:南大町宮比講神楽保存会

すると世界が闇に閉ざされてしまったため、他の神々は洞窟の前に集まって協議し、天照大神を引き出すべく、宴を開くことにしました

芸に優れた天鈿女命(あめのうずめのみこと)が半裸で賑やかな舞を披露し、神々はその滑稽(こっけい)さに大笑いするなど大騒ぎになります。騒ぎが気になった天照大神が洞窟の入口まで出てきたところで、力自慢の天手力男神(あめのたじからおのかみ)が大神を引きずり出し、ようやく世界に光が戻りました。

この神話で語られる天鈿女命の舞が、神楽の原型となったといわれています。

下野國一社八幡宮:奉納神楽「天岩戸」の写真です。下野國一社八幡宮:奉納神楽「天岩戸」南大町宮比講神楽

芸能としての神楽の成立は平安時代といわれ、宮中で行われる御神楽と民間で行う里神楽の2種類に分けられます。里神楽は現在、日本全国に伝承され、様々な流派に分かれ、演目ごとに囃子や衣装など違いがあります。

神楽は神社の御祭神を楽しませるとともに、地域の人たちの安全や無病息災、五穀豊穣を祈願して奉納されます。

神楽囃子の写真です。神楽囃子・大原神社太々神楽保存会:(第18回 芸能大会)

囃子に使われる楽器は、大小の太鼓、鉦(かね)、笛、鼓(つづみ)などがあり、登場人物がコミカルな掛け合いを行う演目もあります。

足利でも、江戸時代後期には、各神社で神楽が盛んに奉納されていたようです。その後、江戸時代の終わりの頃から明治時代の初め頃にかけて、神楽師が組織化され、現在のような姿が整えられていきました。現在でも、各神社の春秋のお祭りなどで奉納され、地域の人々に親しまれています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P.4,2026。

<八木節とは>

足利織姫神社:八木節奉納演奏の写真です。足利織姫神社・八木節奉納: 八木節女前Japan

■八木節とは

八木節は、現在の足利市堀込町に住んでいた渡邊源太郎(わたなべげんたろう)が創作したものです。

源太郎は、明治時代から大正初期まで、例幣使(れいへいし)街道の八木宿(現在の福居町八木)を中心に荷馬車を引き、主に石灰を運ぶ馬方の仕事をしていました。街道沿いには、八木節の元唄と言われている「上加子崇聖寺(かみかこそうしょうじ)盆踊り唄」があり、しかも、現在の八木節のお囃子のリズム、メロディによく似た神楽囃子が古くから数多く点在していました。

八木節と例幣使街道の地図の写真です。八木節と例幣使街道:(第18回 芸能大会・ロビー展示)

これらの歌を、街道を行き来しながら唄う源太郎の美声に、人々は仕事の手を休め聞き惚れたと言います。

源太郎の歌はたちまち評判になり、大正初期にはレコードを発売する事になります。その時に、生まれ故郷の堀込の地名をとり「堀込源太」、源太郎の創作した歌は八木宿を中心に流行っていたので「八木節」と命名されました。

レコードは当時としては驚異的な枚数を売り上げ、しかもラジオ放送に乗り、八木節は日本全国に広まり受け入れられました。

書籍「我が回想の堀込源太」の写真です。書籍「我が回想の堀込源太」:足利商工会議所「足利まち歩きミュージアム」

樽を打ってリズムを取り、笛や鉦、鼓が軽快な旋律を奏でることが八木節の特徴で、曲目は国定忠治や五郎正宗のような古典ものや、足利学校や観光を歌った現代ものまで多岐に及びます。

明治、大正、昭和、平成、令和と数多くの足利市民に愛され、歌い継がれる八木節。市内を中心とした各地域で八木節を継承する団体が立ち上げられ、16団体によって「足利市八木節連合会」が組織されています。連合会では、文化施設や市内の小中学校で八木節を指導し、普及・啓発や後継者育成に積極的に取り組んでいます。

第18回 民族芸能大会パンフレット P.5,2026。

【第18回 足利民族芸能大会】

第18回足利民俗芸能大会リーフレットの写真です。

<第18回 民族芸能大会:基本情報>

名 称 第18回 民族芸能大会
開催場所 あしかがフラワーパークプラザ
(市民プラザ)
文化ホール 同ホールホワイエ
所在地・電話 栃木県足利市朝倉町264番地
0284-72-8511
開催日時 令和8(2026)年2月1日(日)
13:00~16:30
(開場 12:00)
駐車場 あしかがフラワーパークプラザ
入場料 入場無料
出 演
<出演時間>
①~⑨(上演順番)
足利市指定無形文化財保存団体

  • ① 足利鳶木遣り(とびきやり)保存会<13:15>
  • ② 大原神社大々御神楽保存会<13:35>
  • ③ 足利雷電神社大和流神代神楽保存会<13:55>
  • ④ 南大町宮比講神楽保存会<14:15>
  • ⑤ 樺崎八幡宮太々神楽保存会<14:45>
  • ⑥ 彦也神楽保存会<15:05>
  • ⑦ 大山祇神社太々神楽保存会<15:25>
  • ⑧ 屋ばっこ八木節さくら会・御厨地区八木節後継者育成事業練習生【賛助団体】子ども八木節<15:50>
  • ⑨ 足利市八木節連合会<16:10>
主 催
  • 民族芸能大会実行委員会
  • 足利市教育委員会
後 援
  • 両毛広域都市圏総合整備推進協議会
  • 公益財団法人 足利市みどりと文化・スポーツ財団
  • 公益財団法人 足利市民文化財団
問合せ 足利市教育委員会事務局文化課
0284-20-2230

* PDFファイル:民族芸能大会リーフレット

<第18回 民族芸能大会:開会式>

第18回 足利民俗芸能大会開会式の写真です。第18回 足利民俗芸能大会開会式
開会あいさつ 民俗芸能大会実行委員会 委員長 山d勝英
主催者あいさつ 足利市教育委員会 教育著 大島一彦
祝 辞 足利市長 早川尚秀 様

■開会あいさつ

本日はお忙しい中、第18回民俗芸能大会にご来場くださいまして、誠ににありがとうございます。

足利市には鄕土で守り伝えられてきた神楽や鳶木遣り、八木節など、市の重要無形文化財に指定されている伝統芸能が10件あります。これらは日頃、神社への奉納や出初式などの伝統行事、また、お祭りや足利の観光PRなど様々な場面で活動を繰り広げております。

本日は、これらの郷土芸能をより多くの方々にご覧いただくため、市内8つの重要無形文化財継承団体、そして子ども八木節の2団体もゲストとして参加し、演技を披露いたします。

社会の変化や人口減少子化等の影響で、地域の芸能や行事を取り巻く環境は年々厳しくなっております。各団体も工夫を重ねながら何とか伝承しようと努力しておりますが、皆様方のご理解とご協力が欠かせません。郷土芸能が今後も途切れることなく末永く継承できるよう、ぜひお力添えをお願いします。ご興味を抱かれた方はお声がけいただけますと幸いです。

各団体の熱演を最後までごゆっくりとご鑑賞ください。

令和8年2月1日

民俗芸能大会実行委員会
委員長   山田 勝英

<①: 足利鳶木遣り保存会>

足利鳶木遣り保存会の写真です。足利鳶木遣り保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
足利鳶木遣り保存会 1 昭和48年4月2日 助戸1丁目

● 演目 :「真鶴(まなづる)」「手古(てこ)」「吊掛(つりかけ)」「小車(こぐるま)」「手古」・纏(まとい)振り

木遣りの始めに歌う「真鶴」から始まり、基本となる「手古」で木遣師は声を絞(しめ)り出し、次の「吊掛」で声止めの調子となります。そして、木遣りは変化して「小車」へと続き、最後は「手古」で締めます。

足利鳶木遣り保存会の写真です。足利鳶木遣り保存会:第18回 足利民俗芸能大会

木遣りは、木材や巨石の運搬などの折に歌われていた労働歌です。比叡山延暦寺や京都建仁寺の新築の際、また、豊臣秀吉の大阪城築城の際に歌われていたといわれ、江戸時代前期の町火消しの発達と共に盛んになりました。

足利鳶木遣り保存会の写真です。足利鳶木遣り保存会:第18回 足利民俗芸能大会

足利地方では江戸時代後期の天保年間(1830年~1844年)の出初式や大きな祭典、あるいは棟上げ式や新築祝いなどでよく歌われ、祝賀の折には纏を振って、木遣り歌を歌いながら町中を練り歩いたといいます。

足利鳶木遣り保存会の写真です。足利鳶木遣り保存会:第18回 足利民俗芸能大会

保持者の経験年数は、古参の方で50数年、若手の方でも30年を数えます。木遣りの種類は70種類ほどありますが、よく歌われるのは「手古」「五尺手拭(ごしゃくてぬぐい)」「鳶掛(とびかけ)」「鎌倉」などです。

現在、若鳶の方も熱心に練習し、毎年正月の出初式には梯子(はしご)乗りの妙技も披露しています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P.6,2026。

<②: 大原神社大々御神楽保存会>

大原神社太々御神楽保存会の写真です。大原神社太々御神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
御神楽(大和流渋井派)
大原神社太々御神楽保存会
1件 昭和35年4月1日 大前町

● 演目 :「天の岩戸開きの舞」

太陽の女神・天照大神は、弟の荒神・須佐之男命の乱暴な素行に耐えかね、怒って「天之岩戸」(洞窟)の中に閉じ籠もってしまいます。すると世界が闇に閉ざされてしまったため、他の神々は天之岩戸の前に集まって、一計を案じることにしました。

まず、芸に優れた天鈿女命(あめのうずめのみこと)が招霊(おがたま)の木の枝を手に持ち舞って、他の神々が騒ぎ立てます。その声が気になった天照大神が岩戸をわずかに開いた時、傍らで待ち構えていた天手力男命(たじからおのみこと)が剛力をもって岩戸を開け放ちました。

やがて、天照大神が現れて、再び明るく平和な世の中に戻った、という神話が演じられます。

大原神社太々御神楽保存会の写真です。大原神社太々御神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

足利市大前町の大原神社に伝わる神楽の起源は古く、年代は不明ですが江戸時代にさかのぼると言われています。

「大和流(やまとりゅう)」とは「日本古来の神楽」という意味で、また「渋井派(しぶいは)」とは渋井新太郎と言う人の伝授によるという意味だそうです。

大原神社太々御神楽保存会の写真です。大原神社太々御神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

明治8年(1875年)には、氏子総代の寺内音重郎氏により、面・衣装・小道具等が奉納され、現在の神楽が整備されたと言われています。

舞は「天児屋根命(あまのこやねのみこと)の舞」など11座があります。日本神話を題材にとったもので、同時に農作業や漁業、鍛冶屋(かじや)などの手工業の所作を交えて演舞されます。

大原神社太々御神楽保存会の写真です。大原神社太々御神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

現在は、春は4月、秋は10月の第3日曜日に開催される大原神社例大祭と、4月第1日曜日に開催される大前町の三崎稲荷神社例大祭で奉納されます。

第18回 民族芸能大会パンフレット P7,2026。

<③: 足利雷電神社大和流神代神楽保存会>

足利雷電神社大和流神代神楽保存会の写真です。足利雷電神社大和流神代神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
足利雷電神社大和流神代神楽 1件 昭和60年8月26日 本城1丁目

● 演目 :「金山彦の舞」

金山毘古神(かなやまひこのかみ)は轍(てつ)をつかさどる神、金物の神です。舞は金山毘古神(金山彦)がおどけた二人の火男(ひょっとこ)を相手に鋼(はがね)を鍛えて刀を造るまでを表しており、別名「刀鍛冶(かたなかじ)の舞」とも言われます。

また、鉱業・製鉄・農機具や包丁などの刃物の守護神となり、金銀財宝、金運、招福、鎮火、火防(ひぶせ)の神として知られています。

足利雷電神社大和流神代神楽保存会の写真です。足利雷電神社大和流神代神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

足利市本城1丁目の雷電神社に伝わる神楽です。

雷電神社の草創は古く、天喜2年(1054年)の足利成行(しげゆき:藤原秀鄕の六代後の子孫)の両崖山城築城にまで遡ると伝えられます。

足利雷電神社大和流神代神楽保存会の写真です。足利雷電神社大和流神代神楽保存会・「金山彦の舞」

その後、長尾氏三代目の長尾影長が、永正9年(1512年)に両崖山城修築の際に城の守り神として社殿を造営したといわれています。

明治11年(1878年)に神殿改築と同時に神楽殿が造営され、伊勢西国から伝えられた大和流の神代神楽が演じられ、今日まで継承保存されてきました。

足利雷電神社大和流神代神楽保存会の写真です。足利雷電神社大和流神代神楽保存会・「金山彦の舞」

舞は「泰平の舞」ほか、農業、漁業、手工業など生産に関するものが20座あります。現在は、4月第4日曜日の雷電神社例大祭で奉納しています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P8,2026。

<④: 南大町宮比講神楽保存会>

南大町宮比講神楽保存会の写真です。南大町宮比講神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
南大町宮比請神楽 1件 昭和58年2月23日 南大町

● 演目 :「種蒔きの舞」

お稲荷様は宇か之御霊神(うかのみたまのかみ)と言って五穀を司る(稲作=農業)の神様です。

初めにお稲荷様から白虎(化身)に、種蒔きから収穫までの農作業の伝授が行われた後、白虎はアニ(兄)さん・イサコーの百姓兄弟を手伝わせて種蒔きを行います。

『お稲荷様が天から天下り、五穀の種を蒔く段によって・・・』の口上から始まる宮比請神楽の舞と台詞とお囃子で日本古来の「農作業の一場面」をご覧ください。

南大町宮比講神楽保存会の写真です。南大町宮比講神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

起源は明治初年(1868年)と伝えられ、足利市南大町の敬神(けいしん)神楽師が佐野の宮比請神楽師の指導を受けて発足したといわれています。明治20年(1888年)以来、南大町の神明宮をはじめ、各地の祭礼に奉納してきました。

南大町宮比講神楽保存会の写真です。南大町宮比講神楽保存会・「種蒔きの舞」:第18回 足利民俗芸能大会

特に毎年奉納しているのは、下表のとおりです。

奉納場所 演 目 奉納時期
島田町八坂神社 「鬼退治の舞」 他 2月 節分
太田市龍舞町賀茂神社 「子守の舞」 他 4月 萬燈(まんとう)祭
八幡町下野國一社八幡宮 「種蒔きの舞」 春季・秋季例大祭
赤城神社 「恵比寿の舞」 10月第3日曜日
足利織姫神社 「金山彦の舞」 11月3日
西宮町西宮神社 「恵比寿の舞」 他 11月19・20日
福居町二柱神社 「恵比寿の舞」 他 11月23日第4土曜日
南大町芋の森神社 「天岩戸開き」 12月 越年祭
南大町宮比講神楽保存会の写真です。南大町宮比講神楽保存会・「種蒔きの舞」:第18回 足利民俗芸能大会

現在、「天岩戸開きの舞」など日本神話を題材とした舞が10座あります。また、余興の部として「弥次喜多道中」ほか4座があります。

第18回 民族芸能大会パンフレット P9,2026。

<⑤: 樺崎八幡宮太々神楽保存会>

樺崎八幡宮太々神楽保存会の写真です。樺崎八幡宮太々神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
樺崎八幡宮太々神楽 1件 昭和58年2月23日 樺崎町

● 演目 :「鹿島の舞」

鳥兜(とりかぶと)をかぶり、十挙剣(とつかのつるぎ)に見立てた太刀を振るう勇壮な舞です。

「鹿島」とは健御雷之男神(たけみかづちのおおかみ)のことを言います。健御雷之男神は神話の昔、日本の統一にたいへんな力をふるった神様で、「健」は猛々しく勇ましい様を表し「御雷」は文字通り神鳴(雷鳴)を表します。

弓矢の神として勝運・戦勝祈願・武運長久・心願成就などで信仰されるほか、産業(農業・商業・鉱業・漁業)や海上安全、災難厄除け、交通安全、縁結び、安産など多彩な信仰を集めています。

樺崎八幡宮太々神楽保存会の写真です。樺崎八幡宮太々神楽保存会・「鹿島の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

足利市樺崎町の八幡宮に伝わる大和流太々神楽は、明治時代の初め頃、宮司であった長 祐多氏により伊勢から伝えられたと言われています。

明治時代の絵図面には、樺崎町赤坂地区宮内にあった示現神社境内に神楽殿が描かれており、「江戸時代中頃から握った」と記されていることから、同地区にはその頃から神楽が伝えられていたと考えられます。

樺崎八幡宮太々神楽保存会の写真です。樺崎八幡宮太々神楽保存会

また、神楽の歴史を語るものとして、大拍子(神楽で使用する太鼓)があります。表皮を張り替える際に中を確認したところ「元禄八年九月」(1695年)と記されており、今から300年以上前に作られたものであると分かりました。

現在、「泰平の舞」をはじめ、農業、漁業、手工業など生産に関するものが16座あり、春は4月、秋は10月の第3日曜日に奉納しています。

樺崎八幡宮太々神楽保存会の写真です。樺崎八幡宮太々神楽保存会・「鹿島の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

八幡宮の境内全域は「樺崎寺跡」という国の史跡に指定されており、浄土庭園をもつ中世寺院跡として復元整備が進められています。また、八幡宮本殿や、境内にある樹齢500年を超える杉の木も、市の文化財に指定されています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P10,2026。

<⑥: 彦谷神楽保存会>

彦谷神楽保存会の写真です。彦谷神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
彦谷神楽 1件 令和2年3月26日 葉鹿町

● 演目 :「猿田彦の舞」

猿田彦命(さるたひこのみこと)は、日本神話においてニニギノミコト(瓊瓊杵尊。天照大神の孫、「天孫」として皇室の祖先となったとされる神)が高天原(神の住まう天界)から日向(九州南部)に降りる際、迎えに出た神です。

容姿が天狗と似ており、実際に天狗と同一視されていることも多く見られます。神話での役割から、道案内を司る道祖神として信仰されており、古道には「猿田彦大神」と書かれた石碑が多く置かれているほか、祭礼での神輿などの行列で先導を努めています。

猿田彦命は、一説では「天岩戸神話」に登場する天鈿女命を妻にとったと言われています。

彦谷神楽保存会の写真です。彦谷神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

足利市葉鹿町彦谷地区に伝わる神楽です。

明治28年(1895年)、地元在住の松島竜三郎氏ほか農業者20数人が、足利市大前町の大原神社の神楽師(大和流渋井派)に指導を受け、舞ったのが始まりとされています。この人たちは、毎晩師匠の所に通って稽古に励み、また昼は農作業の合間に桑の枝を折って採物(とりもの = 神楽を舞う際に手に持つ道具)とし、田圃の中で練習をしたほど、情熱を燃やしていたそうです。

彦谷神楽保存会の写真です。彦谷神楽保存会・「猿田彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

現在、「天児屋根命の舞」や「猿田彦命の舞」など日本神話を題材とする舞が13座あり、春は4月に篠生(ささご)神社(葉鹿町内)、5月に湯殿山神社(彦谷地区内)、秋は10月に日枝(ひえ)神社(彦谷地区内)と篠生神社で奉納しています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P11,2026。

彦谷神楽保存会の写真です。彦谷神楽保存会・「猿田彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

<⑦: 大山祇神社太々神楽保存会>

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
御神楽(大山祇神社太々神楽) 1件 昭和40年10月1日 大沼田町

● 演目 :「金山彦の舞」

「一つと弥(ひとつとや)」の軽快な囃子に乗って、ヒョットコとギョロ目の二人が登場します。金床を慎重に用意して火口(ほくち)に焚きつけて火を熾(おこ)します。代わる代わる力いっぱい金床に息を吹き込み、炉が整ったところで「親方」と呼ばれる鍛冶屋の神・金山彦命が「三つ拍子」に乗せて登場します。

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会・「金山彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

金山彦が刀を炉に差し込み、金槌(かなづち)で打ち始めれば、ヒョットコたちも一生懸命打合せます。頃合いを見て親方の金山彦が刀を取り出すと、ヒョットコは打ち損じがないかどうか吟味し、「ここがまだまだ」と親方に注文を付けます。再び金山彦が刀を炉に差し込んで叩き始めると、囃子が「ヒョットコ拍子」に変わり軽快な調子で刀を鍛え上げるのです。鋭く鍛え上げられた刀を前に全員で拝礼して、神楽舞が始まります。

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会:第18回 足利民俗芸能大会

演奏を受け持つ鼓・大太鼓・笛による囃子は、舞に合わせ調子を変えていきます。リズムの緩急の変化など組踊りならではの醍醐味をご堪能ください。

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会・「金山彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

足利市大沼田町の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)太々神楽の起源は、はっきりしませんが、文政年間(1818年~1829年)に奉納された神楽の絵馬があることや、天保年間(1830年~1844年)の古文書の中に「太々神楽請中の人云々」の文字が見られることなどから、すでに江戸時代後期には盛んに行われていたようです。

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会・「金山彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

古来より大山祇神社の祭礼では、五穀豊穣・家業繁栄を祈願し、また凶作や飢饉(ききん)に苦しむ祖先たちが神に救いを求め、神の御加護を願って神代神楽を奉納し、これが代々受け継がれてきました。

大山祇神社太々神楽保存会の写真です。大山祇神社太々神楽保存会・「金山彦の舞」:第18回 足利民俗芸能大会

舞は「天岩戸開きの舞」に代表される日本神話を題材にしたものが15座あります。面や道具は江戸時代から伝わると思われるものもあり、文化財として貴重なものです。また、春は4月、秋は10月の第4日曜日に行われる、大山祇神社例大祭で奉納されています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P12,2026。

足利織姫神社:奉納神楽の写真です。織姫神社・春季例大祭:大山祇神社太々神楽保存会

<⑧: やばっこ八木節さくら会・御厨地区八木節後継者育成事業練習生【賛助団体】>

子ども八木節の写真です。「やばっこ八木節さくら会」「御厨地区八木節後継者育成事業練習生」:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
八木節 1件 平成15年3月18日 福居町

● 演目 :「子ども八木節」

○ やばっこ八木節さくら会
主に矢場川地区の小学生で構成される子ども八木節の団体です。南大町八木節愛好会が主体で指導しており、30数年の歴史があります。

子ども八木節の写真です。「やばっこ八木節さくら会」:第18回 足利民俗芸能大会

地区の夏祭り、運動会、文化祭等に出演し、地区のイベントを盛り上げています。地区以外の出演では、御厨八木節のふるさと祭り、神社の祭典、市民文化祭の八木節研修発表会、子ども地域伝統芸能発表会のほか、昨年(2025年)1月には足利文化協会設立50周年イベントにも出演しました。

春から秋まで月2回の金曜日の夜に、南大町自治会館で行い、八木節の継承を目指して練習に取り組んでいます。

子ども八木節の写真です。「やばっこ八木節さくら会」「御厨地区八木節後継者育成事業練習生」:第18回 足利民俗芸能大会

○ 御厨地区八木節後継者育成事業練習生

御厨地区コミュニティ推進委員会の主催により、御厨小学校、協和中学校の子どもたちを中心に、八木節を生み育てた先人たちの足跡を学び、練習生相互の出会いを大切にして、友情の絆を深め、郷土芸能である『八木節』を伝承し広めていくことを目的に活動しています。

子ども八木節の写真です。「御厨地区八木節後継者育成事業練習生」:第18回 足利民俗芸能大会

主な出演は御厨八木節ふるさと祭り、地区の体育祭や文化祭、市民文化祭の八木節研修発表会です。

毎年5月~9月まで金曜日6時30分から、八木節振興センター等において八木宿八木節研究会の人たちの指導のもと、八木節の継承を目指して練習に取り組んでいます。

第18回 民族芸能大会パンフレット P13,2026。

<⑨: 足利八木節連合会>

八木節連合会の写真です。八木節連合会:第18回 足利民俗芸能大会
名 称 員数 指定年月日 所在地
八木節 1件 平成15年3月18日 福居町

■ 八木節
八木節の独自のリズム、テンポは現在でも特出した個性的な民謡です。

東は 大杉囃子の盛んな茨城地域から鼓の音色のチャッポコ
西は 遠く大阪、近江から中山道、例幣使街道により
南は ニンバ囃子の葛西囃子や鉦太鼓の神田囃子から
北は 三国峠を超えて瞽女(ごぜ)さんや出稼ぎの人々の越後から

* 瞽女さん:三味線を携えて歌を歌いながら各地を巡業した盲目の女性芸能者。
東西南北の様々な影響を受け、独自の八木節音頭となりました。

八木節連合会の写真です。八木節連合会:第18回 足利民俗芸能大会

昭和53年(1978年)10月、市内の八木節19団体が集まり設立しました。

きっかけは、昭和55年(1980年)の「栃の葉国体」開催時、郷土芸能の発表が予定されたためです。設立後、八木節団体が一丸となって、国体会場での発表という一つの大きな成果をあげました。その後も、後継者育成事業や足利の観光PR事業などを積極的に行っています。(現在は16団体、約270人が加入)

八木節連合会の写真です。八木節連合会:第18回 足利民俗芸能大会

後継者育成事業としては、昭和49年(1974年)から笛の講習会を開催しており、連合会発足後は音頭、囃子、踊りと講義内容を充実して、毎年初夏に教育委員会と合同で「八木節教室」を開催しています。

観光PR事業としては、太平記館(観光協会)駐車場特設ステージで「観光八木節」を、毎年4月から10月までの日曜日、祝日に上演しています。

八木節連合会の写真です。八木節連合会:第18回 足利民俗芸能大会

足利市民文化祭には「八木節研修発表会」として参加し、平成8年(1996年)から年1回、加盟団体全団体の発表を行っています。

両毛四市八木節仲間都市(太田、桐生、館林)の団体にも賛助出演を頂き、子ども八木節の発表の場とするなど、技能向上、親睦等、多目的な活動を続けています。

第18回 民族芸能大会パンフレット P14,2026。

八木節連合会の写真です。八木節連合会:第18回 足利民俗芸能大会

■ 足利市八木節会館

項 目     内 容
名 称 足利市八木節会館
(足利市八木節連合会)
所在地 〒326-0338
栃木県足利市福居町280-1
開館時間 午前10時~午後3時
入館料 無料
休館日 水曜日/週 年末・年始
電話・FAX 0284-71-1214
e-mail yagibushi@03.watv.ne.jp
駐車場 無料 大型観光バス駐車可能

最後まで御覧ただき、ありがとうございました。

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